第二話
――数年後――
俺も随分と大人になった。あと数日もすれば26になる。
隣国との土地争いも二年前に敵戦力を全て無力化した事で落ち着き、今では停戦協定となっている。
しかし、それでも俺達の暮らす土地そして組織が世間から認められた訳では無い。隣国からすれば喉から手が出るほど欲しいが俺達が居るせいで手が出せないという状況だ。
(それでも、あの頃よりは数倍マシだ)
血が流れる事も無く、誰かが大切な人を失わなくてすむ今の世界はあの殺伐とした時代よりも遥かに良い。おかげで、こうして俺も研究に没頭できてるしな。
コンコンッ
(ん? 客か……誰かを呼んだ覚えは無いけど……)
「アトラ、今大丈夫か?」
「あぁ、隊長。大丈夫ですよ」
「入るぞ」
そう一言言うと隊長は部屋の扉を開き中へ入ってきた。
「……はぁ、相変わらず足の踏み場も無いな」
「何ですか突然来て。まさかわざわざ小言を言いに来た訳じゃないでしょう?」
「あー、まぁ少し世間話でもと思ってな」
俺の質問に対する隊長の返答は珍しく歯切れの悪いものだった。
「何かあったんですか」
「いや、何かあった訳では無いんだが……隣国との停戦協定が決まってからもう二年だろ。町も徐々にいい方向へ動き出している」
「ですね、まぁそれでもまだ問題は山積みですが」
「嗚呼、だが確実に我々ヴォイドの必要性は薄れていっている。ちょうといい機会だ我々も時代に合わせて変わって行った方が良いのかもしれない」
(なるほど、そういう事か)
「具体的には何かあるんですか? 例えば、変わるにしてもどう変わるのかとか」
「そうだな、その辺は特に決めていない。今後の若い衆に任せるとしよう。本題はそうじゃないんだ」
「本題?」
「時代が変わるにつれ、組織もそのあり方を変えなければいけない。俺が先代から隊長を受け継いだようにな。組織創立から続いた戦乱の時代も俺の代で終わりだ。だからここで新しい隊長に引き継いでもらおうと思う」
「っ! ちょっと待ってくださいよ、それってつまり……」
「そうだ、俺はこの組織の隊長を辞める」
(そんな、そんな急に……)
「つ、次の隊長は決まってるんですか?」
「嗚呼、そいつにはもう事情を話してある。了承も得た」
「……そうですか、それで、次の隊長は?」
「バルトラだ」
まぁ薄々は気づいていた。あいつは隊長が先代から隊長を引き継いでから長年その補佐をしていた。歳も俺とそこまで変わらないし今の組織で最も隊長にふさわしいのはあいつだろう。それでも……
「事前に一言ぐらい、言ってくれたって良かったじゃねぇか……」
隊長には聞こえないように、俺は小声でそう呟く。しかしこの狭い部屋ではそうもいかない。
「すまなかった」
「……もういいです、過ぎたことだし。で、話はそれだけですか? それとも、俺に奴の補佐をしろとでも? それなら別の奴を当たってくれ。俺に誰かの上に立って指示を出すのは向いてない」
それこそ、今までのバルトラの様に上手く部隊を指揮する、なんて事は出来ないだろう。
「いいや、そうじゃない」
「は?」
「アトラ、俺は組織を辞める。だから、いい加減お前も組織に縛られる必要は無いんだぞ?」
(そういう事かよ……全く)
「別に縛られて訳じゃないですよ。ここに残ってるのだって俺の意思だ。ここにいれば自由に研究できますからね」
(なんて言い訳しても、この人には全て気づかれてるんだろう)
「そうか、それならいいんだ。……じゃあそろそろ行くよ。忙しいところ邪魔して悪かったな」
「別に、お気をつけて」
「嗚呼。……最後に、一ついいか?」
「何ですか、まだ言い残したことでも?」
「お前も、自由に生きていいんだぞ。自分なりにやりたい事をやれ。いつか死ぬ時、後悔だけはするな」
その隊長の言葉に、俺は何故か言葉を返すことが出来なかった。
「それじゃあな」
そう言って隊長は部屋の扉を開け、去っていく。
(今更、自由にしろって言われたってどうすりゃいいんだよ……)
「はぁ……」
後に聞いた話だが、隊長引き継ぎまでには意外とやる事が多いらしく、隊長の組織引退まではまだ1ヶ月ほど時間があるらしい。
それを聞いた組織の手によってメンバーは全員、残りの時間を全力で楽しもう等と言っていた。別に組織を引退するからってこの街から出ていく訳じゃないのに、何だか笑っちゃうよな。
(でも、これでいいんだ。こんなくだらない話が出来るほど今の組織や町には余裕が出来た。このバカ騒ぎが出来るのが一つの平和の形であるなら、この時間を何としてでも守り抜かなきゃいけない)
それでも、世界は残酷で無情にも、この時間を壊す魔の手は刻一刻と迫りつつあった。
□
俺に両親は居ない。正確に言えば、両親と過ごした記憶が無い。
と言うのも両親は二人とも俺を産んで直ぐにこの世を去ったからだ。隊長に聞いた話によると俺が産まれてすぐに父親が戦場で死に、それを知った母親が失意のあまり後を追ったらしい。
どうやら両親は死ぬ前に、いつか親子三人で戦場に立つんだと話していたらしい。まだ産まれたばかりだと言うのにもう戦場で戦わせることを考えるだなんて全くいい加減な両親だ。だが、隊長はそんな二人を慕っていたらしく、若い頃には随分と面倒を見てもらっていたようだ。
そうして、両親が死ぬ時、隊長は母親にこう言われたらしい。「アトラを頼む」と。その流れで、親の居なくなった俺を隊長は組織のメンバーと一緒に育ててくれた。だから、俺からしてみれば組織のメンバーは家族みたいなもので、その中でも隊長は父であり良き兄みたいな人だった。
その後も天才少年アトラ君は順調に成長していき、15歳の頃には初めて戦場に立った。その頃から俺の目的は一つだ。
隊長の役に立つ。今まで育ててくれた家族を守り、父親替わりの隊長にこんな俺の面倒を見てくれた恩を返す。その目的の為だけに魔法や魔術の研究をし、他の誰よりも魔法と分野において知識と実力をつけた。全ては隊長の為だった。
その過程の中で、俺には一つの夢が出来た。自身で編み出したこの重力魔法の構造を後世に伝え、歴史に名を残すことだ。
この夢についても隊長には一度話したことがある。まぁ宴の席で軽く話した程度だ、隊長は忘れてるかもしれないけど。
話を戻すと、俺が今まで組織で動いていたのは全て隊長の為と言ってもいい。そんな隊長が組織から引退すると言ってきた。じゃあ俺はどうすればいい?
子供の頃から戦場に立ち、隊長の為にひたすら敵を倒してきただけの人生だった俺が急に自由にしろって言われても何をすればいいのかさっぱりだ。
そうして今後の事についてしばらくの間考えていたその時、その知らせが俺の耳に入った。
「いいかアトラ、落ち着いてよく聞け。……隊長が、隊長が前線で敵にやられた……」
□
事の発端は数日前まで遡る。
伝令係のメンバーから隣国北東の街が襲撃されたという知らせが入る。
その襲撃者の集団は桁違いの威力を誇る魔法を使い、その卓越された魔法センスで一瞬にして一つの街を壊滅させたらしい。
その外見は黒を基調とした服装を身に纏い、人間に似た姿で街を蹂躙したと言う。その正体は――
「魔族、だと……っ!」
エルフや竜人と並び、歴史に名を残す最強の種族だった。
□
そうして始まったのがたった数日間で世界を変えた後に異種間戦争と呼ばれ語り継がれる戦争だ。魔族の目的は人間界を滅ぼし、その領地を奪うこと。次々と人間界を破壊していく魔族に対し、人間側の取った行動は亜人と呼ばれる獣人族に救援を求めることだった。
圧倒的な強さの魔族に対し亜人族、更にはその獣人族のおかげで精霊やエルフの力を借りることにも成功し、そのパワーバランスを対等な位置まで引き上げるまでに至った。
そんな中、人間界側の主力として動かされていた俺達ヴォイドは俺を除く幹部各々が戦闘の前線で人間部隊を指揮し魔族との熾烈な戦闘を繰り広げていた。
かくいう俺も人間界最高戦力として各地を飛び回り魔族を次々と倒し、個人で動いている物としてはエルフの長と並びその戦果を十分な程あげていた。
そうしてまた派遣された方角を対処し、作戦会議の行われる仮設テントに戻った際、バルトラから聞いたのが先程の言葉だ。
「隊長が、やられたって……っ! どこで!」
「東の国境沿いだ、あそこには敵の主力メンバーもいた。恐らくそいつにやられたんだろう」
「っ! 今すぐ出る」
「落ちけって! お前が東に行ったら行くはずだった他の方角はどうするんだ!」
「そんなの他の奴が行けばいいだろ! どの道東が突破されれば状況は厳しくなる。敵の主力がいるなら尚更俺が行った方がいい!」
「いいやダメだ。現状東は一番進軍が遅い、なら東は他の人員を行かせてお前には進軍の早い南に行ってもらう」
「それじゃあ、俺が行くまで東は放っておくって事か?」
「嗚呼、そうだ。戦争に勝つためには仕方ない」
バルトラの判断は正しい。それでも俺の気持ちはその判断に納得することは出来ず、バルトラの首元へ掴みかかる。
「じゃあ、東の奴らは見殺しにしろってことかよ」
「俺だって辛いさ……それでも、この戦争に勝つための、尊い犠牲だ」
「……めない、俺は絶対にそんな事は認めない! 少なくとも、隊長なら他の仲間を見捨てて皆殺しにするような選択はしない!」
「今の隊長は俺だ。俺の指示に従ってもらう」
「いいや、従わないね。俺は今すぐにでも東に行くぞ」
そう言って俺はローブを翻し出口へと進む。だがそこへエルフの長、ハインケルが止めに入る。
「今君を行かせる訳にはいかない。君は貴重な戦力だ。大駒はここぞと言う時に無くては困る」
「なら、どうする? 力ずくで俺を止めるか?」
「君が隊長殿の指示を聞かないと言うのであれば、そうする事になるだろう」
ハインケルの答えはこの場にいる殆どの人間の総意らしい。
「分かった、相手してやる。ここに居る全員、纏めて叩き潰してやるよ」
そうして俺が魔力を練ると漏れ出すその圧力からかその場に居た全員が一歩後ずさる。ただ一人を除いては――
「落ち着け、アトラ」
「バルトラ……お前相手でも容赦しねぇぞ」
「人の話は最後まで聞け。これは隊長命令だ、逆らう事は許さない」
「だったら……っ!」
「お前は何か勘違いをしてる。俺は確かに南へ行けと言った。お前の東を放ったらかしにするって質問に対してもそうだと答えた。けどな、南に先に行けとは言ってないぞ?」
「っ! それって……」
「いいかアトラ、ここからは隊長としてでは無く俺個人としての頼みだ。……隊長を、頼む」
(そうだ、何で気づかなかった。俺が隊長を心配するのと同じぐらい、こいつだって隊長の事を気にかけていたんだ。隊長が先代からその地位を引き継いでからずっと、誰が隣で支えてきたと思ってる)
「……任せろ!」
「嗚呼、それと、東を速攻で片付けて南も頼むぞ。それまではこっちでどうにか対処する」
「分かった……新隊長」
そうして俺はテントを出て直ぐに隊長の居る東の戦場へと移動した。
□
「よろしかったのですか、彼を行かせて」
「ハインケルさん……えぇ、どの道敵の主力を抑えられるのはあいつと獣王、それとあなたぐらいだ。その分、ハインケルさんには南に行ってもらいますよ。アトラの方が終わるまで何とか持たせてくださいよ」
「ふっ……分かりました。最善を尽くしましょう」
(この戦争はお前にかかってるんだ。頼んだぞ、アトラ。けど、この戦争が終わった後は……)
平行で連載している方の作品も是非読んでいたけると幸いです。
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