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貴重なたんぱく質です

■注意■

今回、昆虫を食べる描写があります。

虫が苦手な方、昆虫食に嫌悪感を抱かれる方はご注意下さい。


 翌日、作業は早朝より始まった。

 朝食代わりにグアバに似た果実を頬張りながら、集めた丸太を焚火の上に並べて丁度良い長さに焼き切っていく。

 必要な本数分を揃えたら、次はその断面の炭化した部分を岩に擦り付け、先端を槍のように尖らせたそれらを穴の底部に並べれば、おおよその形は出来上がる。

 あとは上部に枝やら葉を敷き詰めて、軽く土をかぶせれば完成だ。

 なんやかんやで日がかなり高い位置になるまで時間がかかったが、この罠がすぐ役に立ってくれるかと言えば、それは否であろう。

 何度も言っているように猪、というよりも野生の動物は得てして警戒心が高い。

 以前と少しでも変化があればそこには絶対に近づかないし、さらにそこに外敵、人の匂いがべったりついていたりすると、それだけで罠を見破ってきたりする。

 なのでそこは知恵比べ、というよりも根競べだ。

 少しでも罠の効果を高めるために、拾い集めた果実を適当な大きさに千切り、落とし穴の周辺に撒いておく。

 それが終わったら、次は食料調達だ。今回は海ではなく、森の中、それもまだ探索を終えていない範囲を重点的に探っていく。

 食料を得るならいつもの海岸へ向かうべきだが、今回の探索の目的はヤシの実などの果実や貝類などでは効率的に摂取することが難しい、とある栄養素を豊富に含んだ食材を得ることにある。

 その栄養素とは、たんぱく質。

 誰もが知る脂質、糖質、ビタミン、ミネラルに並ぶ、五大栄養素の一つであり、骨や内臓、筋肉を作る重要な栄養素である。

 これが不足すると基礎代謝や免疫力が低下して病気にかかりやすくなり、思考能力にも影響を及ぼすので正常な判断ができなくなったりする。

 つまりこのサバイバル環境下では命取りになる、決して軽視してはいけない要素の一つなのだ。

 たんぱく質の含有量が多い食物としてはやはり肉類、魚介類、卵類などがあるが、肉も魚も今のところ手に入れる方法が無い。将来的には両方とも罠を使って手に入れるつもりだが、それも効果が出るまでに時間がかかる。

 となれば、労力も時間もかけずに高たんぱくな食物を得る手段は限られる。

 運よくナッツ類、落花生や胡桃の類を見つけるか、アレを捕まえるか。

 できれば、前者のほうがありがたい。ありがたいが、そんな都合よく狙った獲物が見つかるほど、自然は甘くない。

 体感で一時間ほど歩き回ってはみたものの、ナッツ類どころか食べられそうな木の実すら見当たらない。

 あまり気は進まないが、次善の策を打つしかないだろう。いや、次善とは言ったが、圧倒的に効率が良いのはこちらの方ではあるのだが。

 探すのは朽ちて脆くなった倒木の中や、その裏側。枯れてぼろぼろになった倒木などは、持ち前の鋭い爪先で蹴り込めば面白いように崩れてくれる。

 倒木を蹴り、次へ。

 迷わないように木の幹に目印を付け、倒木を蹴って、次へ。

 蹴り、次へ。

 小さな川の支流を見つけ、その先に澄み切った美しい本流を見つけ、魚用の罠を仕掛けるのはこの辺りにしてみようかと見当をつけながら、拠点に引き返す途中の倒木の中に、それはいた。


「おお、見つけた見つけた。これはまた立派だなあ」


 出てきたのは、親指ぐらいの大きさの生き物。

 肥え太った白い体の先っちょに、茶色い小さな頭がちょんと乗っかっている。

 細い枝でほじくり出して見れば、白から頭へと体を波打たせながらのたうつその姿は、妙に愛嬌があるようにも見える。

 それは、俗にいう芋虫であった。

 とはいえ体の大きさは一般的に想像するカブトムシの幼虫のおおよそ二倍。表面は動きやすくするためか凸凹としているが足もなく、産毛のようなものも生えていない。

 地球の生き物で例えると、ココナッツワームが一番近いだろう。

 これこそが、次善の策。

 栄養面だけで考えれば最も効率の良い、探し求めた食材であった。

 食材。

 そう、食材である。

 気が狂った訳ではない。意外かもしれないが、昆虫食は世界的にもポピュラーな文化だ。

 日本人ならイナゴの佃煮やハチノコは見聞きした者も多いだろうし、メキシコでは蚊の卵にレモン汁をかけて食う。大昔のローマでは、カミキリムシの幼虫を養殖していた、なんて話がある程だ。

 何より、昆虫は非常に栄養価が高い。

 種類にもよるがたんぱく質、脂質ともに牛肉並みで、何より牛ほど手間がかからない。

 昆虫の強みは、その繁殖力だ。彼らはその繁殖力を武器に、生態系の下部に位置していながらも現代まで種を存続させてきた。

 つまり、放っておけば勝手に増えるうえに、多少捕って食っても生態系に影響が出ない。

 まさしくサバイバル環境下において、これ以上ないほどの食料となりえるのだ。

 と、偉そうに講釈を垂れたが、私自身昆虫を食らうのはこれが始めてだ。

 いや、イナゴの佃煮は食ったことがあるのだが、あれは既に加工されていたこともあって、食品、つまりは食べても大丈夫なものとして認識できたのでまだ嫌悪感は少なかった。

 だが、これは全く違うものだろう。

 食えるのだろうか。いや、食わなければならないのだけれども。

 そんなことを考えながら、一匹、二匹と同じような幼虫を捕まえては持参したココナツの殻へと放り込んでいく。

 これがまた不思議なもので、嫌々探し始めた途端、面白いように見つかるのである。

 五匹が十匹、十が十五と、拠点に帰ってくる頃には、ココナツの殻は蠢く幼虫たちでごった返していた。

 落とし穴の様子を見てみるが、猪が拠点にやってきた形跡はない。地面も掘り返されておらず、出発した時と変わらず綺麗なままだ。

 前回で腹を満たして大人しくなったか、それとも罠の存在を察知しているのか。

 とりあえず今は、目の前の食材である。

 

「薄目で見れば白玉団子のように……いや、さすがに無理があるな」


 しかしまあ、見てくれは悪いが貴重なたんぱく質だ。

 選り好みできるような状況でもなし、それこそ生きていく為には何だってやっていかなければならない。

 意を決して私は幼虫を一匹摘まみ上げ、丁度よい細さの枝をその丸々と肥えた腹に突き刺した。

 下拵(したごしら)え自体は苦でも何でもない。魚釣りをする時に、生餌を針に付けるのと似たようなものだ。

 そうして一匹、二匹と串代わりの枝に通し続け、最終的には三本出来上がったそれを、熱した石の上で焼いていく。


「せめて塩か醤油があればなあ」


 ついそんなことを言いながらじっくり焼いていくと、驚くことに幼虫の腹からじわりと油が滲みだし、ぱちぱちと音を立て始めた。

 それと同時に鼻先に立ち昇る香ばしい匂い。

 火が通り、ほんのりと焼き色の付いたそれはまるで焼き鳥の皮のようであった。

 こうなると人間単純なもので、動いている姿には抵抗があっても、焼いただけとはいえこうして加工してしまえば不思議と美味そうに見えてくる。

 じゅわじゅわと音を立てる串焼きを手に取って見れば、やはり鳥の皮というか、ホルモンというか、いかにもジューシーそうな見た目をしていた。

 ぐう、と遠慮がちに腹が鳴り、笑う。

 どんなに頭で考えたところで、身体は正直ということだろう。

 空腹に勝る調味料なしとはよく言ったものだ。


「それでは、頂きます」


 手を合わせ、恐る恐る齧りつく。

 ここまで来てまだ及び腰になっているのだから、我ながら度胸のない男である。

 そうしてその丸々とした腹に歯を立ててみると、食感はやはりパリッと焼いた鳥の皮に近い。だがそのすぐ後に歯を押し返すような弾力があり、以外にも甘味が強い。

 しかし油の香ばしさや僅かな苦みもあり、、何とも不思議な味わいだ。

 だが悪くない。それどころか、つい食が進む美味さがある。

 一口齧り、また一口。

 そうしてあっと言う間に一本目を胃袋に納めてしまった頃にはもう嫌悪感は全くなく、私の目にはこの串焼きが立派なご馳走として映っていた。

 ああ、何故私は今の今までこれを食わなかったのか。

 そんなことを思ってしまう程度には、それはもう美味かった。


「ご馳走様でした」


 そしてとうとう三本目まで食べきって、私は満足げに腹を撫でる。

 空を見上げればもう日が落ち始めており、また探索に出るだけの時間はないと判断した私は、眠気が来るまで焚火の傍で道具作りに勤しむことに決めた。

 材料として使うのは、あらかじめ集めておいた植物の蔓だ。

 まずは太めの蔓を米の字に組み、中心部分から円を描くように、互いに上下に交差するよう別の蔓を編み込んでいく。

 丁度、縫い物のなみ縫い(・・・・)のような感じだ。

 そうして全体の三分の一ほどを編み終えた辺りで、次は骨組みになっている蔓の先端を纏め、また蔓で縛る。こうするとちょっとそこの深い壺のような形が出来上がる。

 そうしておいて、また残った部分を編み込んでいく。

蔓が無くなれば継ぎ足し、継ぎ足し、空に星が輝きだした頃、ようやく一つ目が完成した。

出来上がったのは、蔓で編み上げた背負い籠だ。

 大きさはランドセル程度しかないが、一人分の食料や薪を入れるには丁度いいだろう。

 もっとも、背負い籠とは言ったが今の私の背には立派な翼がある為、邪魔になってうまく背負えない。ではどうするかといえば、尻尾に引っ掛けて使うのだ。

 今までの生活で、尻尾の力が腕以上のものであることは確認しているし、両手も塞がらないので丁度いいだろう。

 試しにひょいと尻尾で引っ掛けてみれば、なるほど、これは思った以上に便利かもしれない。

 腰より上にくるように提げておけば落ちることもなさそうだし、まさしく三本目の腕といった具合だ。

 しかしまあ、所詮は妻の真似事ではあったが、思いのほか上手く出来たではないか。

 少しばかり形が歪ではあるが、実用には足り得るだろう。

 他にも幾つか作っておけば食料の保管にも使えるだろうし、日が落ちて手持無沙汰になった際にでもまた拵えておこう。

 ぱちりと音を立てて弾ける焚火を眺めながら、私はそんなことを思うのであった。



ちなみにココナツワームは本当にココナツの味がするらしいですね。

私が食べたことのあるのはカリっと上げて塩を振ったものでしたが、

あまり肉がなかったせいか油の味強くてあまり美味しくはありませんでした。

この辺りはもう、実際に捕まえて焼いて食うしかないかなーと。


ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

また次回も宜しくお願い致します。

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