自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険への旅立ち
大変お待たせ致しました。
「よおし、どんどん積み込め!」
「違う、それは向こう! 龍の嬢ちゃんの船に乗せるんだよ!」
見慣れた砂浜を、上半身裸の屈強な男たちが走り回る。手に手に担いだ木箱の中には私がこの島で暮らす内に溜め込んだ漂流物、つまりは金銀財宝が詰め込まれていた。
「よかったの、全部あげちゃって」
がちゃがちゃと喧しく音を鳴らすそれらが次々と二隻の船に積み込まれていく様子を帆柱の天辺から眺めていると、私の肩を止まり木代わりにしたルールーが溜息を吐いた。
「呵々。あんなもんが船代替わりになるんなら願ったり叶ったりよ。それにこんな上等な洋服まで貰っちまったんだから、それなりにお返しはしないとバチが当たっちまうよ」
とはいえ、その洋服も元はといえば貯め込んでいた宝箱の一つから見つかった物の幾つかに手を加えただけなのだが。
言いつつ、私は団長さん手ずから拵えた逸品の裾を指先でちょいと摘まみ上げる。
かの益荒男曰くここ数年で会心の出来であるという作は、現代日本の価値観からすれば奇天烈極まるものであった。
配色は私の褐色の肌に映えるようにと白を主とし、上は金の刺繍で縁取られた前掛けが股のすぐ下まで伸び、腹の真ん中あたりで朱色の紐によってきゅっと絞られている。そして下は臍より少し上の辺りから前掛けと同じ丈で揃えられた赤いスカートだけ。それも尻のほうは尻尾の邪魔にならないようにとざっくり開いている為、正直後ろから見たらほぼ全裸だ。
もし孫がこんな格好をしていたら卒倒する自信があるぐらいだが、どうも龍の精神と混ざり合った故か自分が着る分にはどうにも羞恥心が湧いてこない。
そもそも本来の、龍の姿も全裸といえば全裸であるし、布面積の点でいえば最近私が愛用していた一張羅も似たようなものだしなあ。
それを思えば、獣の皮だけで拵えたあれとは比べ物にならないぐらい立派なものだ。素材も良いものを使っているのか、肌触りも申し分ない。
「せっかくだし、お前さんも団長さんに一着拵えてもらったらどうだ」
「嫌よ。私のこのドレスは特別な物なの。これの代わりに人間の作った服を着るなんてまっぴらごめんよ」
そうつんけんとした態度でそっぽを向くルールーであるが、その言葉の端々には決して譲れない拘りのようなものを感じ取ることができた。であるならば、私が気安くとやかく口を挟むものではないだろう。
「まあ、お前さんのその一張羅も立派なもんだからなあ」
透けるような銀髪に白い肌。華奢なその体付きをうっすらと浮き上がらせ、彼女が纏う神秘的な雰囲気をより強調するようなそのドレスの美しさたるや、正しく芸術的と評するに相応しいものだ。
そして要所要所に施された刺繡や細かな仕事ぶりを見るに、恐らく手掛けたのは人ではない。いかほどの名匠であろうとも、これほど細やかで美しい細工を施すのは至難の業だろう。
そのようなことを、多少の美辞麗句で飾り立てて伝えてみれば彼女は何とも言えなそうな、まるで胡散臭い三流詐欺師でも見るような目をして眉間に皺を寄せてみせた。
「なんだ、爺に褒められるのは嫌かい」
「いえ、別に、何でもないわ」
別にお世辞を言った訳でもないのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
ぷいっとまたそっぽを向いてしまった彼女の憂いげな横顔に肩を竦めつつ、穏やかな陽気にくあ、と欠伸など漏らしてみれば、ぴんと張った尻尾がだらりと垂れ下がったところで、足元からこちらを呼ぶ声があった。
見れば、シャツの袖を捲り、深紅のバンダナを巻いた何とも男前な格好をしたシエラ嬢がこちらを見上げ、声を張り上げている。
「おーい、そろそろ出発するから降りてきてくれ。そこにいられると仕事の邪魔になる!」
「あいよ、今日も今日とて元気だねえ」
もうすっかり気安くなったシエラ嬢にひらりひらりと手を振って、私は帆柱の天辺から身を躍らせた。逆さまのまま勢いよく翼を広げ、曲芸飛行のように地面すれすれで上下を入れ替え、ふわりと甲板へ着地する。
はい、と両手を掲げれば、それを見ていた船員たちから拍手喝采が沸き起こった。
「さすが龍の嬢ちゃん!」
「いやあ、イイモノ見させて貰ったわ!」
「眼福眼福!」
「どうも、どうも。しかしあんまり鼻の下伸ばしてっと、団長さんに叱られるぞあんたら」
団長さん以下、船の乗組員たちとの関係は良好である。
時折こうして茶化した真似をしていたのが功を奏したのか、今となっては私を見る度に龍神様だなんだのと手を合わせる者もごくごく一部の信心深い者だけとなっていた。
隙を見て尻だの腰だのを撫でようとしてくる物好きもいるが、適度にお灸を据えていればそこは腕利きの海の男たち。荒くれといえども船の掟は絶対らしく、過度に悪戯をしようという輩は現れなかった。
「お前な、もうちょっと恥じらいというかな、隠せ、色々と」
逆に甲斐甲斐しく世話を焼くようになったのが、このシエラ嬢である。
ことある毎に私の迂闊な、男臭さが抜けきれない細かな仕草などを指摘したり、髪の手入れはこうしろだとか、肌着の付け方はこうだとか、まるで母が娘に、いやずぼらな妹に手を焼く姉のような感じだろうか、ともかくこうして気楽な私を窘めるシエラ嬢という構図は、今はこの船における日常の一部となっていた。
「いやあ、心配してくれるのはありがたいが、覗こうとして覗けるもんじゃあないと思うがね。ほら、翼とか尻尾があるだろう」
「だから、それが駄目なんだって。お前、そんなんじゃあ向こうに着いてから苦労するぞ。鳥人族じゃないんだから、もう少し自覚をだな……」
「おお、ごん太、お前さんまた部屋を抜け出してきたのか。駄目だぞ仕事の邪魔をしては」
「聞けよ、話を」
足元に纏わりつく毛玉を拾い上げ呑気に笑う私に、頭を抱えるシエラ嬢。
こんな下らないやりとりこそ、私がこの三十年近く追い求めた掛け替えのない宝物であった。
「さあ野郎ども、持ち場につきやがれ! 船出の時だ、錨を上げろお!」
「アイアイ、マム!」
甲板の一段高いところ、舵輪を握る団長さんから檄が飛ぶ。
丸い頭の上には薔薇の花をあしらった三角帽が乗っかり、丸太のような腕が天を衝かんばかりに突き上げられる。
「さあさあ愛しの港に錨を下すまで気を抜くんじゃあねえぞ! あ、小さい方のシエラちゃんは、あっちの準備も宜しくネ」
ふと団長さんの燃える瞳と目が合えば、ばちこーん、と火花が散るようなウインクが飛んだ。
「おっとそうだ、そうだった。よっしゃ、それじゃあひとつやってみようかね」
そうぐっと伸びをして、私は帆を張り始めた船を飛び降り、すぐ横に着けていたもう一隻の船へと乗り込んでいく。
さっと帆を畳んでいたロープを解いてするりと機関部へ潜り込めば、いつぞやかと同じ手順で龍の魔力を練り上げ、それを船全体へと行き渡らせた。
船体が軋む音。三度鼓動を蘇らせた幽霊船が、此度こそはと白海を往く。
百戦錬磨の黒薔薇を船頭に、空へ、空へ。
「おもかじいっぱーい、なんてな」
舵輪を手に、私は再び空を征く。
徐々に小さくなっていく古巣を背に、しかし決して振り返ることなく船は雲を切り裂いた。
吹き付ける涼風が、私の小さな背中を強かに叩く。
――いってらっしゃい
そんな風に、声がして。
思わず振り返った先には、相も変わらずとぼけ面でこちらを見る狸が一匹。
その向こうには小さくなったあの島が、もう豆粒ほどになってしまった、あの岬が。
あの、墓石が。
頬を涙が伝う。
気づけば私は深く深く、その岬に向かって頭を下げていた。
「ありがとう。行ってくるよ」
涙を拭い、私はまた舵を取る。
目の前には見渡す限りの青い空。
私の、私たちの旅路を妨げるものはもういない。
全身に爽やかな風を受け、私は笑う。
身体が熱い。血潮が燃えるようだ。
痛いぐらいの心臓の鼓動に胸を押さえながら、それでも私は、この旅路の先に待ち受ける未知の世界に溢れる笑みを抑えきれなかった。
人として歩んだ九十年。
龍として生を受けた二十八年。
それだけの時を生き、いまだ知らない世界がこの先に待っている。
全身の紋様が浮き上がり、唇から炎が漏れ出でる程の高揚感。
素晴らしい。
だからこそ、人の生は面白い!
「さあ行くぞ。全速前進、ヨーソロー!」
雲をかき分け、風を切り裂き龍が往く。
私の冒険は、まだまだ始まったばかりだ!
第一章 完
本作をここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
そしてここまで約二年、お付き合い頂き誠にありがとうございました。
これにて第一章、完結となります。
はい、第一章です。
次回より第二章ということで、引き続き筆を執らせて頂きます。
なので完結タグは付けません。
若干タイトル詐欺になる心配もありますが、その時はその時かなと。
また今後年内は第二章の構想、書き溜めの為休止期間とさせて頂きます。
その間の活動内容等はX(旧Twitter)にて呟いたりしてます。
それでは皆様、少しばかり早いですがよいお年を。




