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焼く


 火を手に入れたら、次は食料の調達だ。

 先程手に入れた果実も食べられそうだが、やはり体力を付ける、体を作るには動物性のたんぱく質が必要になる。

 つまりは動物、魚、貝などを捕らえ、食らう。

 捕まえやすいのはやはり貝類だ。

 幸いなことに、貝類なら海岸で何種類か見つけているので、まずは先日ココナツの実を見つけたあの海岸へ向かう。

 だがその前に、探索中に火が消えないよう大きく太い薪を数本用意し、火にくべておく。

 これで一、二時間は大丈夫だ。

 その間に手際よく、食料の調達を済ませてしまおう。

 昨日食べてしまったココナツの実の殻を抱えて、私は海岸までの道のりを行く。

 一度は通った道であるものの、蛇や虫には気を付けて。しかし火を手に入れた喜びは隠せるものではなく、慎重に慎重にと思ってはいてもやはり足はせわしなく前へ前へと動いてしまう。

 鱗に包まれた足と持ち前の健脚も相まって、川べりを跳ねるように進んでいけばあっという間に海岸へと到着してしまった。

 前回来た時の、おおよそ三分の一ほどの時間しか使っていない。

 この体が馴染んできたのだと喜ぶべきか、それとも危機感が足りていないことを憂うべきだろうか。

 憂うべきだろう。少なくとも、この島で長生きがしたいのであれば自戒すべきだ。

 童心に返ったように浮ついていた心を、そう諫める。

 ともあれ、結果的に必要な時間が短縮できたのは喜ばしい。

 きゅっ、きゅっと小気味のいい音を鳴らしながら、岩場へと向かう。

 日光で熱された砂を踏んだ時、足裏から伝わる温かさが心地よかった。

 岩場に到着すると、私は早速潮だまりの中を覗き込む。すると居るわ居るわ、岩肌に張り付いたもの、水底に溜まった砂利の上を這いまわるもの。

 小指の先ほどの小さなものから、親指一本分はありそうなものまで、さまざまな貝類がそこに集まっていた。

 さらに幸運な、そして不思議なことに、それらはどこか見覚えのある、地球に生息していた貝たちと似たような姿かたちをしていた。

 

「これはイシダタミガイか。おお、カメノテまでいるじゃないか」


 イシダタミガイはその名のとおり、貝殻にレンガを並べたような模様がついているのが特徴の巻貝で、カメノテも名前そのまま、亀の手に似た形をした貝、ではなく、実はカニやエビと同じ甲殻類に属するフジツボの仲間だ。

 どちらも食べることができ、カメノテはコクがあって実に旨い。

 さすがに地球にいたものと同種の貝ではないだろうが、食べられる可能性は高そうだ。

 イシダタミガイは手掴みで、カメノテは海岸に落ちていた貝殻を使って岩から剥がし、ココナツの殻へ放り込んでいく。

 

「おお、こいつはいい、今夜はごちそうだな」


 貝を拾っていると見つけたのが、貝殻を背負いごそごそと動き回るもの。

 みんなご存じ、ヤドカリである。

 こいつも食える。無論、捕まえて食らう。

 ヤドカリはエビやカニの仲間で、その身もカニに似ていて凄く美味しい。

 さらには貝殻に隠れている腹の部分に内臓が詰まっているのだが、これが濃厚でまた美味いのだ。

 捕まえたのは小さい種類のヤドカリだったが、何匹か捕まえれば食いではありそうである。

 潮だまりにはそういった生物の他に、ハゼに似た小魚も住み着いているようだが、こちらはかなりすばしっこいので捕まえるのは苦労しそうだ。

 罠でも作って設置しておけば捕まえられそうだが、今は材料もないので諦めるしかないだろう。

 欲を出して時間を無駄にすることもできないし、今回は貝とヤドカリだけで十分満足だ。

 いっぱいになったココナツの殻を抱え、拠点へと戻る。

 行きと違い、帰りは少し上り坂になっている分時間がかかるが、それはつまり行きよりもじっくりと周りを観察できるということでもある。

 周囲にどんな植物が生えているか、どんな生き物が住んでいそうか、どんな形の石が転がっているか、目に入る情報すべてが、生存するための鍵になりえるのだ。

 無駄な情報など一切ない。


「おっ、これは……」


 見つけたのは、川が流れ落ちる滝のすぐ傍。

 崩れた斜面の中に、明らかに周囲とは異なる質感の土が混ざっている。

 近づいて手に取ってみればそれはかなり粘り気が強く、握りこめばしっかりと固まり、指の凹凸までしっかりと型が取れるほどだった。

 間違いない、粘土だ。

 思わず、私はココナツの殻を放り投げて万歳三唱するところだった。

 素晴らしい。

 どこかでいつか見つかるだろうと思ってはいたのだが、よもやこれほど早く、それも拠点のすぐ傍で見つけられるとは。

 粘土があれば、土器を作ることができる。

 土器さえあれば水の煮沸消毒も、様々な食物の保存も容易になる。

 さらにはかまどや土壁、レンガなどなど、その用途は枚挙にいとまがない。

 

「これはまた、しばらく忙しくなりそうだ」


 胸躍るとは、まさしくこのことだろう。

 火も手に入れ、食料も最低限は確保できる。そこに粘土が加われば、快適な生活も夢ではない。

 私の足取りは、軽くなる一方であった。

 跳ねるように拠点まで戻ると燻っていた焚火に薪をくべ、周りをぐるりと石で囲む。

 そして川から平たくて大きな石を持ってくるとそれを焚火の上に置き、多めに薪をくべて火力を上げる。

 これで石全体が十分に温められれば、即席のホットプレートの出来上がりだ。

 だが分厚い石に熱が通るのにはかなり時間がかかるので、その間にお茶の用意をしよう。

 先ほど土器を使えば煮沸消毒ができると言ったが、実は見た目に拘らなければ土器などの容器がなくとも水の煮沸は可能だ。

 方法はいたって単純。

 まずは川の傍の地面を掘り、軽く固めてから水を流し込む。

 次にそこへ焚火で熱した石を放り込み、石の熱で沸騰させる。

 以上。

 あとは熱々になったそこへグアバに似た果実を皮ごと細かくちぎって入れ、小枝でかき混ぜるだけ。

 土やら石にくっ付いていた灰やらでかなり濁っているため見た目は相当悪いが、これで温かいお茶の完成である。

 無論、ストローやコップなんてものがあるわけもないので、腹ばいになって直に啜る。

 (あし)か竹があればまだやりようはあったが、こればっかりは仕方がない。

 ずず、ずずず、と口をすぼめて啜り飲む。

 うん。

 

「ははっ、まっずいなあ!」


 正直言って、笑ってしまうほどの不味さであった。

 洗練された日本茶や紅茶のような香りもなく、風味もへったくれもない。

 土と灰が混ざっているから舌触りもざらっとしているし、果実を皮ごと入れたのがまずかったのか何やら青臭さも感じる。

 だがそれでも、この島で初めて味わう温かい飲み物に、私は涙が零れそうだった。

 火を起こした。ただそれだけだというのに。

 生前ならば台所でコンロの摘まみを捻れば、あるいはライターを使えば易々と手に入ったものが、ここではこれほどまでにありがたい。

 陳腐な言い回しにはなるが、失って初めてその大切さに気が付くというのは、まさにこのことなのだろう。

 そんな風に深く感じ入っている間に、石板の方も程よく熱されてきたようである。表面に手をかざせば、じりじりと焦がすような熱が伝わってきた。

 さっそく獲ってきたばかりの貝やヤドカリを石板の上に広げ、しばらく待つ。

 ぱちぱちと音をたて、殻と身の間から泡を吹き始めたら食べ頃だ。

 まずはイシダタミガイから。

 日本の食卓には余り登ることのない貝だが、さてさてどうなるか。

 爪楊枝ほどの細い枝を突き刺し、中身をくるりと取り出す。

 ぷりっとしたその身からはうっすらと湯気が立ち昇り、口に入れれば濃厚な潮の香りとアワビのようなしっかりとした弾力が返ってくる。

 美味い。これは、美味い。

 味もアワビに近く、小さいが歯ごたえがある分食べ応えは十分だ。

 

「さて、こちらはどうかな」


 続いて手を伸ばしたのは、少々グロテスクな見た目をしたカメノテ。

 こいつは真ん中、爪のような部分と根っこの部分の境目から二つに割って、その下から出てくる白い身を食う。

 見てくれは悪いが、以外にもその身はクセもなく、生臭さもない。

 味はエビっぽくもあり、カニっぽくもある。

 うん。

 当然ながら、こっちも美味い。

 ああ、無性に味噌汁が飲みたくなってきた。こいつは味噌汁に入れると実に良い出汁が出て美味いのだ。

 味噌づくりは無理だろうが、土器を作ることができれば、海水で塩ゆでぐらいならできるだろうか。そうなれば、もっと味噌が欲しくなってしまいそうだが。

 ああ、何とも悩ましい。

 うーん、うーんと唸りながらも、私の手はちゃっかりと貝を次々とほじくっては、取り出した身を口へと運んでいた。

 うーん、美味い。

 最後はお楽しみ、ヤドカリの登場だ。

 赤くなった殻をぐっと引っ張ると、貝の中に隠れていたぷりっとした身が現れる。

 見た目的にはエビのお尻に巻貝がくっ付いているような、何とも不思議な感じだが、これが中々美味い。

 小ぶりなので殻ごとバリバリと食うのだが、身はやはりエビに近く、腹の部分は濃厚なエビ味噌のような味がする。

 焼けた殻の香ばしさとパリッとした食感がまた楽しい一品である。


「ごちそうさまでした。いやあ、食った食った」


 温かい食事というものは、こうも食が進むものなのか。

 獲ってきた貝たちをあっと言う間に平らげた私は感謝しながら手を合わせると、満足げに腹を撫でた。

 とはいえさすがに腹いっぱいとはいかず、精々腹八分、いや六分ほどといったところなのだが、これまですきっ腹が続いていたこともあり、じんわりと体中に染み渡るような幸福感があった。

 調理に使った石板を外し、焚火に薪をくべる。

 ぱちぱちとはぜる炎を眺めながら、明日は何をしようかと、これからのことを考え、計画を立てていく。

 真っ先に思い浮かぶのはやはり、昼間に発見した粘土だろう。

 あれを活用して火に耐えられる器を作ることができれば調理の幅が広がり、食が豊かになる。

 食といえば、魚を獲るための道具も作らなければいけないし、大型の魚を獲るのであれば、それを捌く刃物も必要だ。

 動物も狩りたい。

 今のところは果実や貝でどうにかなっているが、長期的に見ればこれだけでは到底暮らしてはいけないだろう。

 やはり良質なたんぱく質が必要だ。

 この島にどれだけの動物が生息しているかは不明だが、少なくとも鳥はいる。

 これらを捕獲するための罠もまた、作らなければならないだろう。

 火を手に入れたことでかなり生活レベルは向上したが、それでもまだまだ、やるべきことは山積みである。

 焦る必要はない。

 ひとつひとつ、確実に前に進んでいこう。

 そうして私は、また焚火へ薪を投げる。

 空は雲に覆われ、炎の光だけがぼんやりと森を照らしていた。


※作中登場する貝類は日本でも捕獲できる種類ですが、

むやみな魚、貝類の採集は漁業法違反に問われる可能性があります。


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