表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/91

新たなる隣人

お待たせしました。


「参ったなあ」


 夏の盛りを過ぎ、しかし依然として猛暑が続く森の中。仕掛けておいた罠を見回っていた私は、流れる汗を拭いながら溜息交じりにそう零した。

 目の前には罠にかかった兎、あるいはそれに近い動物の足がぶら下がっており、鼻が曲がりそうな程の腐臭を放っている。集っている蠅やら羽虫やらの羽音がやかましく響き、それらを手で払い除けながら、私は思わず顔をしかめた。

 昨日の昼間に見回った際にはまだ罠は作動していなかったし、傷み具合から見てかかったのは恐らく昨日の夜中頃だろう。ここまで傷んでしまうと、もはや利用価値は無いに等しい。

 いや、それはいい。せっかく捕まえた獲物を横取りされたことは残念だし悔しいが、問題は誰がこれをやったか、である。

 罠が作動し、獲物は私の胸の高さ、おおよそ一メートル前後まで吊り上げられたはず。狸などの小型の捕食者では捕まえるには難しい高さだろうし、何よりいくら小動物とはいえ、骨ごと食い千切る程強靭な顎は持っていないだろう。

 と、なると、必然的に下手人は大型の肉食獣となる訳だが。

 地面を見る。僅かに獣臭さが混ざる空気の中、地を這うように罠の周囲を確認し、そして見つけた。

 恐らくは獲物を横取りした捕食者の足跡。

 三角形の上に、丸い指の跡が四つ。どれも、私の拳より一回り以上は大きい。

 熊か。いや違う。熊は前足と後ろ足で違う形になる筈だし、何より爪の跡が残る。同様の理由で狼など、イヌ科の動物も除外。

 残る可能性は、一つ。

 大型のネコ科の動物だ。爪を出し入れできる彼らであれば、足跡に爪の形は残らない。

 それも足跡の大きさ、歩幅などから、足跡の主はかなりの巨体であると察することができる。そしてここが深い森の中ということを考慮すると、おのずとその正体は絞られるのだが……。


「大猪の後釜は大虎と来たかい。まったく、笑えない冗談だ」


 参った。

 私は思わず天を仰ぎ見た。

 もし本当に足跡の主が虎であった場合、その縄張りは雄であれば十数キロメートルに及ぶ。にも拘わらず、つい先日まで気配すら感じさせなかったところを見るに、大猪がいたお陰でなかなか広げることが出来なかった縄張りを、ここぞとばかりに広げてきているのだろう。

 あるいは、何らかの方法で最近この島に渡ってきた新参者か。

 いずれにせよ、面と向かっての争いならば負ける気はしない。何しろ、こちらには自由に空を飛ぶ術があるのだから。

 あちらが襲ってくる前に、空に飛びあがって上から炎を吐き掛ければそれで終わりである。どれだけ鋭い爪や牙を持っていても、それが届かなければ意味がない。

 問題は、気配を消して突然襲い掛かってきた場合だ。

 野生動物は、それが怖い。

 流石に泉の近くまでは進出していないだろうが、それでも野草集めや薪拾いの際に背後から襲い掛かられればひとたまりもないだろう。

 特に、虎であればなおさら得意分野だ。

 彼らは気配を消して獲物に忍び寄り、一息に襲い掛かって仕留める狩りを得意とする。

 チーターのように獲物を追い掛け回したり、ライオンのように群れで襲ったりはしない。

 一撃で、獲物の喉笛に食らいつくのだ。

 虎の噛む力はおおよそ三百キロ以上。これにかかれば、人間の頸椎などひとたまりもない。

 まさしく必殺の一撃と言ってもいいだろう。

 だが、そんな恐ろしい彼らであっても、何も手当たり次第に襲い掛かる訳ではない。


「ああ、こいつかあ」


 周囲を警戒しつつ探索を進めると、すぐ近くの樹の幹に、強烈な臭気を放つ不自然な染みを見つけた。スプレーと呼ばれる、ネコ科の動物が縄張りを主張する為に尿を吹き付ける臭い付け行動で、猫を飼った経験がある者ならば一度は耳にしたことがあるだろう。

 位置は私の頭ぐらい。すぐ傍には爪を研いだ後だろう、無残に皮が剥がされた樹も見つけることができた。

 この臭いは、しっかりと覚えておいた方が良い。

 最近はかなり鼻が利くようになってきた私ではあるが、何しろあの大猪でさえ、あれほど見事に気配を消して見せたのだ。息をひそめ、足音すら消してみせるネコ科の肉食獣であれば、まさしく自然と同化することすら可能だろう。

 だからこそ、臭いは重要なのだ。いくら気配を殺そうと、臭いだけは誤魔化せない。

 もっとも、これも臭いが流れてこない風下から忍び寄られると意味がないのだが、覚えておいて損はない。

 見つけ出して駆除するか、とも考えたが、森に潜む野生の虎などそう易々とは見つからないだろう。虎の縞模様には迷彩効果があるので、空から探すことも難しい。

 大猪の時のように落とし穴を仕掛けてみるか。

いや、あれは作るのに相当時間がかかるし、何より木々が密集し、足元も悪い森の中に、虎を捕らえられる大きさの穴を掘るのはほぼ不可能である。

 近くに水場などがあれば相手の行動を予測し、罠を仕掛けることもできるが、この辺りの水場などあの泉か山の向こう側にある川ぐらいのものだ。もしかすれば森の中に別の水源があったりするのかもしれないが、それを探すのもまた骨が折れる。

 つまりは、まあ、八方塞がりというやつだ。

 しかし八方塞がった状態であれ、備えは必要である。虎相手に人間が出来ることなどたかが知れているが、備えあれば患いなしとも言う。やっておいて損はない。

 縄張りの範囲をおおよそ把握し、拠点へと戻ってきた私は洞から素材を幾つか引っ張り出し、さっそく道具作りを始めた。

 まずは木の棒を幾つか束ね、三十センチほどの板の形になるよう整えた後、その上に節を取り除き、平たくした竹を何枚も重ねて固定する。

 そうして反対側に持ち手を取りつければ、簡易的な盾の出来上がりだ。

 ともあれ、いくら頑丈な竹とはいえ、虎が相手では少し心許ない。故に、この盾は爪を防ぐ為ではなく、噛みつかれた際に虎の口を塞ぐ為に使う。盾が虎の口に挟まっている間に空へ飛び上がり、難を逃れようという算段であった。

 要は、使い捨ての盾である。

 次は、弓を作った。

 こちらは私の胴程はある丸太から形を削り出し、木の皮を乾燥させ、捻じり合わせて作った弦を張ったのだが、これが結構な手間で完成には一晩かかった。

 何が手間かと言えば、私自身の膂力が予想以上に強かったのである。これにより生半可な物では引いた瞬間に弦が切れたりだとか、弓が折れたりだとかしたのだ。

 力加減を考えれば問題はないのだが、咄嗟に構えて壊れてしまうような道具に信は置けないと度々作り直し、最終的にはかなり大型化した、私の身の丈ほどはある強弓が出来上がった。

 日が昇り、仮眠から目覚めた私はこれを見て悪い癖が出た、と我ながら頭を抱えたものだ。

 それもそのはず。森の中での遭遇戦を想定して作っていたのに、出来上がったのはどう考えても森の中では取り回しの利かない大弓なのだから、頭の一つも抱えようというものだろう。

 理想は腕の長さ程度の短弓であったのだが、作ってしまったものはもうどうしようもない。どんな獲物でも仕留められる逸品が出来上がったのだと思うことにする。

 矢には竹を使い、(やじり)には鱗の破片を、矢羽根にはいつぞやか仕留めた大鷲の羽根を加工し、樹脂で張り付けた。

 数はひとまず十本ほど。

 鱗は水浴びの際などに勝手に剥がれ落ちる時があるので補充が利くが、大鷲の羽根には限りがあるので射た後はしっかりと回収して使いまわすことにする。

 丸太相手に試し打ちをしてみれば、さすが私の膂力にも耐えうる強弓というべきか、引き絞られた矢は甲高い金切り音と共に丸太を掠め、その側面を僅かに削ぎ取って後ろの樹へと突き刺さった。

 威力は申し分なさそうだが、いかんせん狙いを定めるのが難しい。

 思えば九十余年生きてきて弓を扱うなど初めてのこと。こればっかりは練習しなければどうしようもない。

 続いて、防護柵と鳴子を拵えた。

 防護柵は広場を拡張する際に切り倒した丸太の先端を削り、互い違いに組んだ簡易的なものを幾つか。鳴子は植物の蔓と竹、そして木の板を組み合わせて作った。足元に張った蔓に引っかかると、吊るされた竹筒が揺れて木の板を叩き、音が出る仕掛けだ。

 これで何者かが拠点に近づけば、それをいち早く察知できるようになった。

 それぞれ完成するまでに三日。食料集め等の空いた時間を使っての作業であったが、予想よりも時間がかかってしまった。

 しかし、これでひとまずは寝込みを襲われる心配はない。

 あとは不用意に縄張りの中に入らない。くくり罠を設置しない。探索を行う場合は上空から。

 これを守りさえすれば、そう襲われることはないだろう。

 野生動物だって馬鹿ではない。下手に手を出して、逆に痛手を負いかねない未知の生物(人間)相手には慎重になる筈だ。

 理想は互いに距離を置き、縄張りには踏み込まない共存共栄であるが、元々が狭い島の中であるし、相手は野生動物だ。人間の意思でコントロールできるような存在ではない。

 最悪の場合、互いに生存を賭けた殺し合いになるだろう。

 

「虎の肉なんて食えたもんじゃないだろうし、争いごとは勘弁してくれないかなあ」


 溜息交じりに零した言葉は鳥の声に紛れ、雲の合間に消えていった。

頭胴長(体長)140 - 280センチメートル。

体重90 - 306キログラム。

尾長95 - 119センチメートル。

※Wikipediaより


異世界に放り込んでも普通にやっていけるスペックですよね(猪もだけど)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ