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真夏のドラゴン娘

四十度って人間が生存できる限界超えてると思う(真顔

皆様も熱中症にはくれぐれもお気をつけて、健やかにお過ごしください。


 雨季、梅雨が明ければ何が来るか。

 言わずもがな、夏が来る。

 暑い、暑い夏が来る。


「暑い……」


 ひんやりとした竹に頬を押し当てながら、私は蛙のようなうめき声を漏らす。

 暑い。うだるような暑さである。

 大樹の陰に隠れているお陰で朝方はまだマシだが、昼頃になるとじわじわと炙るように太陽が照り付け、家の中にいても滝のような汗が流れる程であった。こればかりは、日当たりの良い場所に小屋を建てた私の失敗である。

 余談ではあるが、鱗に覆われている脚や尻尾、翼には汗腺が備わっていないようで、これらの部位から汗が染み出ることはなかった。

 しかし、この身が龍だと言うのならば生命力もそれなりの筈で、偏見ではあるが暑さ寒さにもめっぽう強い印象があったのだが、やはり創作物と現実は異なり、そうそう美味い話などありはしないということなのだろうか。

 

「しかしこれは、何とかしないとなあ」


 額の汗を拭い、尻尾を氷枕替わりに抱いてみる。ひんやりとした鱗の感触がただただ心地良く、しかしそれも身体の熱が伝わってあっと言う間にぬるま湯のようになってしまった。いや、そもそもとしてこの尻尾も私の身体の一部であるので、ここに熱を移したところであとで本体(胴体)の方にその何割かが返ってきそうで、ほんの一時しのぎにしかなっていないようにも思うのだが、そう考えると何とも気が重たくなるので気にしないことにした。

 しかし、こうなってくると恐ろしいのは熱中症だ。

 高温多湿の日本で暮らす人間にとっては馴染み深く、その対策も広く認知されているにも関わらず毎年多くの死者を出している、非常に厄介な病気である。

 まあ日本の場合は室温を適切に保たない、こまめに水分を摂らない、外出を避けるといった対策をとることが業務上難しい、あるいは責任者諸々があえて指示しないというブラックな一面も、また被害を広げる一因となっているのだろうけれど。

 そして我々高齢者にとって警戒すべきは、室内での熱中症だ。

 日の当たらない室内にいれば安全、というのは大きな間違いで、例え室内であっても水分、ミネラルの補充は必須である。これをしっかり行っていないと最悪の場合、ちょっと昼寝をしている間に熱中症で身動きが取れなくなり、そのまま帰らぬ人に、なんてこともある。

 熱中症のサインはまず筋肉痛、眩暈、頭痛。この辺りが出始めたらすぐさま対策を講じた方が良い。症状が悪化すれば意識が朦朧とし、手足の筋肉が正常に動かせなくなり、痙攣(けいれん)などが起こる。

 応急処置としては日陰などの涼しい場所へ移動し、衣服はなるべく薄着に、首や手首、(わき)などの太い血管が走っている部位を濡れタオルで冷やすなど、とにかく体温を下げることを優先する。あとはやはりスポーツドリンクなどで水分、塩分を補給し、症状が落ち着いてくるまで動かない。治まらない場合は早急に救急車を呼ぶこと。

 症状が進めば脳や内臓に後遺症が残るほどの大病である。決して軽視せず、我慢することは己の命を掛け金に博打をしているのと同義であると自戒すべきである。

 と、ここまで長々と語ったが、生憎ここにはスポーツドリンクなんていう便利なものは存在しない。何せ塩ですら貴重品だ。冷房器具はおろか、氷を手に入れることすら難しい。

 

「仕方がない、川に行くか」


 泉に近い上流であれば程よく冷えている筈であるし、とにかく体温を下げなければ本当に茹蛸(ゆでだこ)ならぬ茹でドラゴンになってしまう。これまで生活基盤を整え、何とかやってきたのに熱中症でぽっくり、なんて笑い話にもなりはしない。

 そうして重い腰を上げて外に出てみれば、洞の中でひっくり返っている間抜けな狸を見つけた。腹を上にして、気持ちよさそうに昼寝を楽しんでいたようだ。


「ごん、お前は相変わらず呑気だなあ」


 私がそう声をかけると、仰向けになっていたものがうつ伏せになり、丸い尻の向こうから小さな寝惚け(まなこ)が二つ、ちらりとこちらを見やった。

 随分なだらけようであるが、まあ、これでも蔵の番としては十分に働いているようで、ごんが我が家の周りをうろつき始めてからというもの、我が家の蔵や食料に鼠が入り込んだ様子はない。以前は数日に一度、捕まえた鼠を咥えてやってきていたが、それもここ最近はめっきり無くなっていた。

 間抜けそうに見えるが、抜け目のない狸なのである。

 暑くなってきてからはこうして涼しい洞の中か、自分の巣穴でのんびりとうやっているようだ。

 こちらを一瞥した後、何事もなかったかのように昼寝を再開する居候の様に呵々と笑い、私は当初の目的通り、泉にほど近い川辺へと向かった。


「おお、冷たい冷たい。これは気持ちが良いなあ」


 そうして身に着けた物を全て取っ払い、石ころだらけの川底に足を突っ込んでみれば、やはり川の水はとても良く冷えており、思わず肩を震わせるほどであった。

 だがそれも初めだけのことで、熱せられた鱗が表面からじわりじわりと冷やされていく感覚は生前では体験したことのない、得も言われぬ気持ち良さであった。

 やがて私は川底にぺたりと座り込み、腰まで水に漬けると翼を大きく広げ、川の上に流れる涼やかな風を受け止める。どうやら翼の皮膜には細い血管がいくつも走っているようで、これを広げて冷やしてやるとこれもまた筆舌に尽くしがたい心地良さがあった。

 しかし、それでも木漏れ日がじりじりと頭を焼いてくるので、今度は冷水をすくい上げ、頭から被ってみた。

 直後、脳髄から足の爪先まで、形容しがたい感覚が稲妻の如く走り抜ける。


「はあっ……!」


 口をついて出た嬌声に、思わず両手で口元を覆った。

 角だ。

 直感的に、そう確信した。

 どうにも角の根元、生え際の部分が想像以上に敏感であったらしい。そこに突然冷水を浴びせたものだから、角が驚いてしまったようだ。

 まるで首筋に氷の塊でも押し当てられたような感覚に、そっと(うなじ)を撫でる。

 老いも老いたる男が情けない声をあげてしまったと意気消沈しつつ、次は驚かせないようにゆっくりと髪を冷水で梳いてやった。

 川の流れに沿い、きらきらと煌めく銀髪をぼんやりと眺めていると、ふとその向こう、岩陰に何やらきらりと光るものがった。どうやら川魚が数匹、身を寄せ合うようにして集まっているらしい。

 そういえば、今日はまだ何も口にしていなかったな。そんなことを思い出し、ここはひとつ涼のついでに魚でも獲ってみようかと私は舌なめずりをした。

 イワナか、鮎か、いずれにせよ川魚だ。捕まえて串を打ち、塩焼きにすればこれ以上ないご馳走になるだろう。

 釣り竿も網も無いが、水深が浅い場所であれば魚を獲る方法はいくらでもある。

 そしてお(あつらえ)え向きに、魚たちが集まる岩陰の傍には一抱えはありそうな大きな石が、ちょこんと頭を出していた。で、あるならば、方法はひとつだ。

 私は魚たちを驚かせないよう静かに川から上がると、子供の頭ほどある石を持ち上げて勢いよくその石へと振り下ろした。

 がつん、とけたたましい音が木霊する。

振り下ろした石は粉々に砕け、やがてそのすぐ傍から、目を回した魚たちが腹を上にして水面へと浮き上がってきた。

 これは石打漁、あるいはガチンコ漁と呼ばれており、石を打ち付け、その音や衝撃で水中の生き物を仮死状態、あるいは殺してしまい、浮かんできた魚を集めるのだが、水中の生き物を無差別に殺め、そして乱獲に繋がる為、日本では禁止されている方法である。

 ともあれ、ここは日本ではなく、それどころか地球ですらない異世界であり、さらに人っ子一人いない無人島であるので、生態系を壊してしまわないように配慮、自制こそ必要ではあるものの、罰せられる法律などあろう筈も無い。


「しかしまあ、加減はせんとなあ」


 何しろこの馬鹿力である。下手をすれば石どころか、川底ごと砕いてしまいかねないのだ。

 そうなれば川の環境が変わり、最悪の場合は川魚がいなくなってしまうかもしれない。

 目先の利益に惑わされた結果、後々取り返しのつかない事態に繋がるかもしれないことを忘れてはならない。

 浮かんできたマスによく似た魚を捕まえながら、そう戒める。

 しかし、まあ、それはそれとして、思い返せば魚用の罠はいつもの磯場に仕掛けてばかりで、川魚を食するのは意外にもこれが初めてのこと。ついついその味を想像し、腹を鳴らしてしまうのは仕方のないことであった。

 よく脂が乗った、ニ十センチほどの鮎である。これが三匹。

 私は鱗のナイフで腹を開き、さっと内臓、エラを取り出して血合いを綺麗に処理すると、拠点まで戻って串を打ち、さっそく焚火で炙り始めた。

 川魚は海の物以上に寄生虫が怖いので、弱火でじっくりと、過剰なぐらい時間をかけて焼いていく。

 やがて表面の水分が弾け、胸鰭(むなびれ)が黄金色に代わり始める。

 まだ我慢。

 香ばしい香りが漂い始め、開いた腹から脂が滴り始めるも、まだ我慢。


「それでは、いただきます」


 そうして皮が僅かに焦げ始め、振りかけた塩が固まり零れ落ち始めた頃合いを見計らい、背中から齧りついた。

 ぱりっとした皮の心地良い歯応えの後、程よい弾力があり、しかし少し力を込めればころりと解れる柔らかな白身の甘さが皮の塩気により引き立てられ、染み渡るように口内に広がる。この暑い空の下、さすがの魚たちも少しは瘦せ細りそうなものであるが、これはしっかりと脂が乗っており、舌に絡みつくようであった。

 美味い。美味い。

 付け合わせには貝の干物で出汁を取ったお吸い物を用意したのだが、これもまた美味い。

 汁を啜り、口内の脂をさっと洗い流してまた一口喰らい付く。これがもう、止まらない。

 そして川魚三匹とはいえ貴重な食料。大切な命を頂くのであるから、頭の身、目玉までありがたく、あっという間にぺろりと平らげて。


「ごちそうさまでした」


 そうして残された白い骨に手を合わせ、私は頬に流れる汗を拭う。


「しかし、暑いなあ……」


 もうこれは、日が暮れてから働いた方が良いのかもしれない。

 脂で甘くなった串を咥えながら、私は燦燦と輝く太陽を睨みつけるのだった。

※ガチンコ漁は日本では禁止されています。絶対に真似しないでください。

竜娘はあーだー言い訳してますが普通に生態系が崩壊します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ガチンコ漁って禁止漁法だったんですね。 こどものころ親戚のおじさんとデカい玄翁でやったことがあります。こんまい魚しか浮いてこなくてガッカリしたのを覚えています・・・ そういえば車のバッテリー…
[一言] 魚が浮いてくるなら事前に網張っとかなきゃ魚が流れていくような気がしますが、岩場に引っかかったのを確保したんでしょうか。 やはりガチンコは良くないですね。根流しすっぺ。
[一言] はぇ〜、ガチンコ漁便利やんと思ったけど、そんなリスクがあるんですね。 私なら楽だから毎回しちゃいそう……。
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