竜娘だって出すもんは出す
※注意
今回う〇この話が出ます。
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これにより気分を害した等のご意見は受け付けませんので、宜しくお願い致します。
しとしとと、雨が降っていた。
霧雨である。
肌をしとりと湿らせるような静かな雨が、ここ数日降り続いていた。
夏の初め、そろそろ本格的に暑くなり始めるのではないか、という頃合いの長雨である。
時期的に梅雨なのではないか、と勘繰ってしまう。
いわゆる卯の花腐し、というやつだ。
雨が降り続けるこの時期はどうにも気が滅入って仕方がないが、小屋に引き籠ってばかりではせっかく蓄えた食料も減っていくばかりである。
こんなことでは冬備えなど夢のまた夢であるし、雨が降ろうが槍が降ろうが、人は飯を食わねば生きていけない。
そんなこんなで私は昼過ぎになってからようやく、よっこらせと重い腰を持ち上げて、這いずるように我が家の扉をくぐったのであった。
「ああ、どうにも気が乗らんなあ」
ぐっと背伸びをしてから、そんなことを漏らす。
気持ちが沈み込んでいるのは、きっとこの天気だけが原因ではない。
この島に来て、今日で九十日目となる。これだけの期間をただ孤独に過ごすと、枯れ果てた爺であれ思うところもある。いや、最期まで妻や子、孫に囲まれていた私であるから、人恋しくなるのも当然だったのかもしれない。
つまりは、懐郷病というやつだ。
そういった願望が隠しきれなくなったのか、今朝はとうとう家族に囲まれていた、かつての懐かしい思い出を夢に見た。
妻と子を連れて、地元の小さな遊園地へ遊びに行った夢である。
目が覚めて己の目じりが濡れているのに気付いた時は、それはもう嬉しいやら悲しいやら、何とも言い表せない複雑な感情が胸中を渦巻いていた。
そして何より、恐ろしかった。何せ、夢に見るまで息子たちの顔すら忘れかけていたのだから。長年寄り添ってきた妻の顔こそ鮮明に思い出せるものの、それに負けないほど愛していた息子たちとの思い出を失いかけていたことは、私にとっては死よりも恐ろしい出来事であった。
そうして、一度家族たちのことを想ってしまえばそれは心の奥底に眠っていた未練を湧き上がらせる呼び水となり、こうして昼過ぎまで、情けなく部屋の片隅で惰眠を貪る姿を晒す結果と相成ったのである。
気分はまさに本日の空模様にも似た、あるいはそれ以上の湿度の高さでもって、口から出るのは辛気臭いため息ばかり。これでは駄目だと頬を張り、ひとまずは作業に没頭しようと大樹の洞へと飛び降りたところで、雨宿りをしていたのだろう、全身濡れ鼠ならぬ濡れ狸になりながら身を震わせる先客を見て、私はそこでようやく笑うことができた。
「お前さんもすっかり馴染んじまったなあ。ちょっと待ってなよ、すぐ火を用意してやるから」
そう言うと洞の奥から乾いた薪を幾つか取り出して、新しく拵えた雨避けの下で枯れ草などの火口と一緒に自前の炎で焼いてやる。数日雨が降り続き、湿気が多い中でも私の喉に不調は無い。
やがて火が大きくなり、ぱちりぱちりと薪が音を奏で始めた頃、濡れぼそった狸は暖の取れる一番いい場所に陣取って、図々しい態度で毛繕いなどを始めた。私は枝に干し貝や肉を刺し、焚火で炙りながらぼんやりとそれを眺める。
「お前さん、名前でも付けてやろうか」
そうして串焼きを頬張りながら、何の気なしにそんなことを口走っていた。
それ自体に意味はなく、恐らくは己の孤独感を紛らわす為に無意識のうちに口から出た、自慰にも近い言葉であった。
名を付ければ情が移ってしまうとずっと避けてきたことではあったが、どうにもこいつとの縁は切れそうな気がしないし、何より名など無くてもこいつに対してもうすっかり情愛を抱いてしまっているのは紛れもない事実であるので、名前を付けたところで大して変わらないだろうというのが正直なところだった。
とはいえ、すぐに洒落た名前を思い付くような洒落た爺でも無いので、私はしばらく顎を撫でながら考えた結果、ぽんと手を打って。
「ごん、でいいか」
なんとも適当極まるが、そう名付けられた張本人はちらりとこちらを一瞥した後、どうでもいいとばかりに毛繕いを再開した。手を打って喜ぶ、までは期待していなかったものの、何とも拍子抜けである。いや、我々にとってはこれぐらいの距離感が丁度良いのかもしれない。
よし、と景気よく膝を打って、私は立ち上がった。
何だ何だとこちらを見上げる狸、ごんの頭をひと撫ですると、串焼きを飲み下してぐっと翼を伸ばす。
そうして翼をひと打ちして空へと飛び上がれば、向かうはもはや自分の庭も同然となったいつもの海岸である。いつも通り編み籠を尻尾に引っ掛けてひとっ飛びすれば、先の嵐でやってきた漂流物たちも粗方片付けられ、すっかり綺麗になった砂浜が見えてくる。
きゅっと心地よい音を鳴らす砂の上に降り立てば、霧雨で濡らされ、首筋に張り付いた銀の髪を指先で弾いた。
「さて、それでは始めるとしようか」
そうして私は砂浜にしゃがみ込み、砂の中に埋もれている大小様々な貝殻を拾っては籠の中に放り込み始めた。
食えもしない貝殻など集めて何に使うのかといえば、焼いて畑に撒くのだ。正確に言えば畑にする予定の土地に、であるが。
貝殻は焼いて砕けば有機石灰という、土の質を高める土壌改良剤として利用できる。
石灰とはつまり炭酸カルシウムであり、このカルシウムが植物にとってとても大事なミネラルになるのだ。
さらにこれはアルカリ性であるので、土に混ぜ込めば土壌の酸性を中和する効果がある。
ややっこしい話になるので割愛するが、これが酸性のままだと土壌に植物の生長に必要な栄養素が溜まらず、作物の育ちが悪くなるのだ。
あとは微生物の動きを活発にしたりだとか、カルシウムの補充など様々な効果があるが、窒素、リン酸、カリといった植物の生育にとって重大な三大要素は含まれていないので、これはこれで他から補う必要がある。
そちらに関しては別で手を打ってはいるが、まずは土壌を整えなければ話にならない。
それに石灰は色々と他にも使い道があるので、集めておいて損はないだろう。
籠一杯に貝殻を集め終えると、磯場のかご罠に入っていた小魚やら貝やらを回収して小屋へと戻る。
燻っていた焚火に薪をくべ、大きめの土器に貝殻を押し込めて火にかける。真っ白になったら細かく砕き、木の杭で仕切った畑の上に撒いていく。それが終われば石器の鍬で土を起こし、よく混ぜる。この時、土に混ざった小石や木屑は取り除き、塊になっているところがあればしっかりと砕いておく。
これでしばらく寝かせれば畑として十分に利用できる土が出来上がるのだが、その前にもうひと手間加える。
用意したのは一抱えはある大きな壺が二つ。口に縄をかけ、棒を渡して肩に担げるようにしてある。
中に入っているのは堆肥、つまりは肥料だ。材料に関してはあまり言いたくないが、泉から少し離れたところに拵えた便所にあるものを使った。これで察して頂きたい。
そこに溜まった物を汲みあげて、いつぞやか洞の中から掻き出した、枯れ葉やら枯れ枝やらが混ざった腐葉土のなりかけと混ぜて発酵させた。
初めこそ強烈な悪臭を放っていたが、日が経つにつれそれは薄れ、今となっては一般的な動物性肥料とそう変わらない程度に落ち着いている。
ちなみにこれは、りんごを植えた丘の上にも撒いておいた。いわゆる人糞ではあるが、竜の堆肥といえば少しは聞こえもいい。
これも畑一面に撒いて、しっかりと混ぜていく。
しとしとと雨が降る中での作業である。土が柔らかいのは助かるが、足は取られるは跳ねた土を顔に浴びるわで、一通りやり終える頃にはもうすっかりと泥だらけになってしまった。
これだけ土いじりをしても全く腰が痛くならないのはありがたい限りだが、こればっかりは勘弁してもらいたいものだ。
「よし、さっさと水浴びをして夕飯にするか」
額に浮かんだ汗を拭いながらそう言うと、私はいつも水浴びに利用している場所へと小走りで向かう。元は片田舎の爺とはいえ、いつまでも泥だらけでいて平気でいられるほど無神経ではない。
そうしてさっさと身に着けた腰巻きやら防具やらを取っ払うと、ひんやりとした川の水を頭から被る。
髪に纏わりついた泥を丁寧に取り除き、爪の間、鱗の間に入り込んだ汚れを丁寧に落としていく。
と、そうしているうちに気になることがあった。
何やら、胸にしこりのような違和感があるのだ。
未だ手のひらに収まるほどのささやかなものではあるが、しかし触れてみると確かに固く、そして僅かな痛みがある。
まさか、悪性の腫瘍か何かであろうか。真っ先に思い浮かんだのはそれであった。
見たところ十代前半から半ば程の肉体ではあるが、十代で乳がんなどの悪性腫瘍を患う可能性だってあるのだし、ただでさえ人間離れした身体なのだから、それこそ地球上には存在しない病魔が潜んでいることだってあるだろう。
ひとまず身綺麗になり、洗ったばかりの鱗の胸当てをあてがいながらうんうんと唸ってみるも、さっぱり心当たりがない。
わからん。こればかりはお手上げである。
妻ならば何か心当たりもあるだろうが、こちとら生まれてこの方ずうっと男子であったので、女子の身体の事情など知る由もない。
娘を育てたこともあるが、当然ながらその辺りの相談は専ら妻の役目であったので、これもまた役には立たない。
よほど強く揉まなければ痛みは無いし、痣や出来物など、他の症状も今のところはない。
仮に悪性の腫瘍だったとして、どうせこんなところで外科手術など出来る筈もないのだからひとまずは様子を見ることにしようと開き直り、私は毛皮の外瘻を巻いて帰路へと着いた。
まさかそれが、人生を通して初めてとなる険しい試練の始まりになるとは、その時の私には知る由もなかった。
※not 狐 but 狸




