塩作りとオジサンと
塩を作るといっても、窯で海水を煮込んではい出来上がり、という訳にはいかない。
偏に塩作りといっても、意外と時間と手間がかかるものだ。
まず塩作りを始めるにあたり、私は水をろ過する為の道具を作った。
とはいえそう複雑なものでもない。
用意する物はシュロ縄と竹、川で集めた石や砂利、砂、そして焚火で燃え残った炭をいくつか。
まずは竹を適当な長さに切り、中の節を抜く。この時、端っこの節だけはそのままにしておき、中心に小指の先程度の小さな穴を開ける。
あとは竹の中に石、砂利、炭、砂、シュロ縄の順で詰めていき、柱となる竹に縛り付けてれば、これで誰もが一度は見た、あるいは子どもの頃に作った経験があるだろう、簡易的なろ過装置が完成だ。
これを二つ拵えて、一つは泉の傍に打ち立てて飲み水用に、もう一つは持ち運べるように縄で持ち手を付けて海水用に使う。
そうして出来立てほやほやのろ過装置と鍋替わりの土器二つを抱え、さらに翼の間には竹で作った釣り竿を背負って、やってきたるはいつもの磯場。
砂浜にろ過装置を打ち立て、汲んできた海水を縁いっぱいまで注いだ後に土器を穴の下に置いておく。これでろ過された海水は底に空けた穴から滴り落ち、土器に溜まるという寸法だ。
さて、これで後は十分な量がろ過されるまで釣りでもしながらのんびりと待つだけである。
手製の釣り竿を揺らしながら磯場の奥、波打ち際までやってきて尻尾を畳む。先の方だけとぐろを巻かせて身体を預ければ、即席の座椅子が出来上がった。
よいこらせっと腰を下ろし、ちょんと竿を振って下手から仕掛けを投げる。
餌は磯場で獲った貝を小さく切り分けたものを使い、針は猪の骨、糸はシュロ縄で拵えたものだ。
ウキが無いので、アタリは全て指先の感覚だけで判断しなければならない。
頭上には相も変わらず曇り空。降り出してしまえばせっかくろ過した海水が駄目になってしまうので、塩作りは延期である。
「降るならいっそ、さっと降って晴れてしまえばいいのになあ」
ぼやきながら、揺れる竿先を眺める。
仕掛けを沈めてからしばらく、つん、とその竿先が大きく揺れた。
だがまだ、アワセない。じっくり、じっくり、獲物が完全に食い付くまでじっと待つ。
つん。つん。つん。
ぐい。
ひと際大きなアタリに、どんぴしゃりで竿をアワセた。
弓なりに竿がしなり、握る手に力が入る。
だが、いざ勝負と腰を落としたその直後、すぽんと手応えが無くなったかと思えば、まんまと餌だけ取られた針が海面から空高く飛び上がった。
「ととっ、まあそう簡単にはいかないか」
何せ今回は何から何まで手作りだ。太い糸は指先に伝わる感触を狂わせるし、骨の針は鉄のそれに比べあまりにも鈍らで、しっかりとアワセなければ魚の口から簡単に外れてしまうだろう。
だが、まあ、だからこそ丁度いい。のんびりと竿を眺めながら、上手くいっただの、いかなかっただのと一喜一憂するぐらいが、丁度いい。
新しい餌を針に付け、寄せては返す白波の向こうへ落とした。
辺りには波と風の音だけが流れ、時折雲の切れ目から差し込む陽光が手元を照らす。
その穏やかな光景に、ついついあくびが漏れそうになる。
「くあ……っといかんいかん。のんびりと言っても、怠けてはいかんわな」
緩んだ頭をがりがりと掻く。
それからしばらく釣り糸を垂らし続けたものの残念ながら釣果には恵まれず、小腹が空いてきた辺りで私は竿を片付け、ひとまずろ過装置の様子を見に戻ることにした。
そうして浜辺に突き立てた竹筒の下を覗いてみれば、土器にはおおよそ五分の一から四分の一ほど水が溜まっており、どうやらろ過装置は正常に働いているようで一安心である。
だがこの分ではまだまだ時間はかかりそうだと、新たに汲んできた海水を装置に注ぎながら小さく息を吐く。
ともあれ、急かしたところでろ過する速度が変わる訳でもなし、やはり今は気長に構えているのが最良であろうと、私はまた元の場所で釣り糸を垂らすのだった。
それにしても、腹が減ってきたな。
拠点、いや、今は立派な家だったか、そこから干し肉の一つでも持ってくれば良かったものの、今朝の私は何だかんだ小魚の一匹二匹ぐらいは釣れるだろうと高を括って何も持って来なかったのである。
まあ磯場で貝やら小魚を漁れば小腹ぐらいは満たせるのだが、こうなるとどうしても魚を釣り上げ、それを食らってやろうという浅はかというか、負けず嫌いの気が顔を出す。
そも、生前より勝負事には向いておらず、下手の横好きというか、向いてもいないのに勝ち負けには拘る、要はカモになりやすい男であった。
賽を振れば悪い目ばかり、絵柄を揃えようとすればブタになり、釣りに興じれば坊主になって帰ってくるのが日常茶飯事。そんな男なのだ。
だが、今回は珍しく運が向いたのか、あるいはこの娘っ子の気質か、釣り糸を垂らして数分ともせぬ内に竿先が大きくしなり、私はあっと声を上げて竿を握り直した。
竿ごと海中に引き込まんとする力強い手応え。右へ左へと釣り糸が走り、ふっとその力が緩む瞬間を見計らって、力いっぱい竿を引き上げる。
我ながら見事な一本釣り。
海面から飛び上がったのは真っ赤な魚体をした、なかなかの大物である。磯場に打ち上げられてなお、捕まってなるものかと暴れる獲物を両手でしっかりと押さえつけ、その大きく開いた口を掴み上げた。
顔つきは鯉に近く、しかしその口元からはドジョウにも似た立派な髭が二本伸びている。
そのどこか見覚えのある姿に首を傾げること数秒。
「ああ、オジサンだなこれは」
たしか和名ではホウライヒメジだっただろうか。
日本でも和歌山や九州地方などといった温かい海で獲られている魚で、その髭が生えた顔つきからオジサンと呼ばれてはいるものの、こう見えて一部地域では神事や祝い事に出されたりするありがたいお魚だったりする。
生前、とうとう一度も食べることのなかった魚ではあるが、その身はとても美味らしい。
ラグビーボールほどはある大きさで肉付きもよく、これは食いでがありそうだ。
私は腰に下げた鱗のナイフで手早くオジサンをシメて鱗と内臓、エラを取り除いて下処理を済ませると、手頃な枝を突き刺してさっそく焚火を始めた。自前の炎を使うため、焚きつけも一瞬である。
そうしてさっと海水に漬けたオジサンを遠火で炙れば、やがて脂の爆ぜる音と共に香ばしい匂いが立ち昇ってきた。
どうせなら手製の塩が完成してから味わいたかったが、背に腹は代えられない。
付け合わせは磯場で見つけてきたわかめである。細かく刻んで、海藻サラダのようにして頂く。
「さて、それでは頂きます」
手を合わせた後、両手で串を持って齧りついた。
焼き加減は素晴らしく、ぱりっとした皮の下から羽毛のように柔らかい白身が顔を出す。そしてふんわりと鼻へと抜けていく香ばしさと、独特な臭い。
「う、これはなかなか」
思わず顔をしかめた。
美味い。たしかにその旨味を閉じ込めた白身はほんのりと甘く、噛めば噛むほど味が染み出てくるのだが、噛んだ瞬間に僅かに香る独特な臭みが食欲に二の足を踏ませる。
なんだろう、皮目が臭いのだろうか。あるいは内臓の臭いが移ってしまったのか。
しまった。これは私の不手際だろう。しっかりと調理すればより美味しかっただろうに、素人が適当にやってしまったものだから、本来の味を損なってしまったのだ。
オジサンは丁寧に扱わないと臭い。
字面にすれば何ともシュールではあるが、事実なのだから仕方がない。
口に残る臭みを消し去るように海藻のサラダを放り込み、また一口。うん、臭い。
オジサン臭い。
失礼。部位によっては臭くない。
皮を取り除いて、白身だけを食えば臭いは相当ましになるようだ。
食べ物にあれこれ文句を付けるなど、私も随分と贅沢な身になったものだと思いはするが、やはりあのひと月程度では生前の贅沢、とは言えないまでも、調味料をふんだんに使った食事の味を忘れることなど出来る筈も無く、具体的には醤油ぐらいは寄越せと愚痴りたい気分である。
さりとて、空腹は最高の香辛料であるとは昔の偉い人はよく言ったもので、再びろ過装置が空になる頃にはオジサンは骨しか残らず、目玉まで含めてまるっと私の胃袋へと収まっているのだった。
「ご馳走様でした」
手を合わせ、残った骨を地面に埋めるといよいよ塩作りへと取り掛かる。
半分ほど海水が溜まった土器を火の傍に置き、蓋をして煮えるまで待つ。
待つ。
そう、ひたすらに待つ。また、待つだけ。
ぼうっと揺れる炎を眺めること、数分。軽く探索でもするかと、私は欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。
足裏の感触を楽しみながら、砂浜をのんべんだらりと歩き回る。
空模様は相変わらず悪く、しかし薄っすら雲のかかった水平線もまた乙なものかと考えながら歩いていると、ふとしたことで足が止まった。
白い砂浜の中に広がる、薄紫の絨毯。中洲のようにぽつんと広がるそこには大きな緑の葉と、太い茎を伸ばした植物たちが身を寄せ合うようにして群生していた。
ふわりと、淡い紫色をした小さな花が揺れる。
またも、見覚えのある姿である。こうも立て続けに、あまりにも都合が良すぎるとは思いつつもその葉を手に取り、かき分けて根元をしげしげと観察してみれば、それは正しく生前の記憶にある、地球にも自生する植物にそっくりであった。
「驚いた。ハマダイコンだ」
根元を掴んで引き抜いてみれば、大根という名とは正反対の、ゴボウのような細い、しかし真っ白な根っこが現れる。
ハマダイコン。
日本全土の海岸、その砂地に自生する大根に非常によく似た植物である。
その見た目は大根そっくりで、あまりにも似ているので以前までは大根が野生化した種であると考えられていた程だ。
私は生前、妻が近くの浜で採ってきたものを食べたことがあるが、味は大根と違い繊維質が多く、生ではそれほど美味くはない。しかし葉の部分はおひたしに、数珠のような凹凸のある実は生で食べても良し、炒め物などにしても良しと、調理さえすれば無駄なく美味しく頂ける食材である。
それが、こんなに。
今は薄紫の花をつけた状態だが、また少し経てば実が生り、やがて種も手に入るだろう。
いや、いっそ我が家の近くに植え替えてみるのも手か。
引き抜いたハマダイコン、らしきものを手に、しばし考える。
ううん、ううんと唸ること数回。まあ、ひとまずは持ち帰ってから考えるかと、私は花の少ないものを選んで三本程引き抜くと、尻尾を揺らしながら帰路に着くのだった。
オジサンに対し悪意はありません(重要)




