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どらごんらんす

お待たせしました。


「ううん、こんな感じか……?」


 十四日目。

 まだ腹の中に僅かな違和感が残るものの、体調は概ね快復に向かっている。

 昨日は夜中から火を起こし、ぼんやりとした灯りの中で作業を進めていたのだが、その成果を身に付けながら私は何とも言えぬ感情に顔をしかめていた。

 作成したのは、手に入れたばかりの尻尾の鱗を使った防具。

 斧やナイフなどの道具に使用する分を除いた手頃な大きさの物をシュロ縄で固定し、最低限の急所を守ることができるよう拵えたのだが、出来栄えがなんとも、こう、色々と想定とは違うものになった。


「なんだか、妙にそわそわするな」


 落ち着かない。

慣れない感覚に私は犬のようにその場でくるくると回りながら、何度も何度も全身を確認する。

 信じがたいことに、私の鱗はそんじょそこらの石では加工できないほど固く、何度試してみても石のほうが先に砕けてしまう。

 なので仕方なく拾った形のままで利用しているのだが、裏地に使う布がある訳も無いので、鱗が直に接している胸と股が妙にひんやりしているわ、シュロ縄はチクチクするわで、残念ながら着心地の方はあまり宜しくない。

 見た目としては防具というより、ビキニタイプの水着に近い。

 それも普通のやつではなく、布面積が少なめのやつだ。

 この年頃の娘がこんな格好をしていたら、生前の私なら大いに頭を抱えることになるだろうが、こうなったのは別に私の趣味嗜好という訳ではなく、勿論理由がある。

 圧倒的に、量が足りないのだ。

 昨日拾い集めた、尻尾から剥がれ落ちた鱗の数はそう多くない。

 その限られた数で、最低限の防具を、あるいは身を守れる衣服に代わるものを作ろうとした結果、このような形になってしまったのだ。

 しかし防具として、鎧として見れば心許ないが、鱗自体の頑強さは先に記した通りであるので、保護されている部分の防御力だけは鋼鉄並みである。

 何より昨日までは葉っぱで拵えた腰みの一枚という、野性味溢れる恰好をしていたこともあり、これでも人間として、仮にも文明人として最低限の箇所を隠せている分、精神的には随分と楽になった。ような気がする。

 ちなみに背中側は全て露わになったままであるので、翼や尻尾の動きを阻害せず、実に動きやすい。

 欲を言えば上着が欲しいが、これはいずれあの化物と決着をつけた後、奴の毛皮で作ってやろうかと思っている。

 あれほどの巨体であれば、その毛皮は上着を一着拵えてもまだ余りあるだろう。

 もっとも、今のところは仕留めるどころか罠の一つも作っていないので、捕らぬ狸の皮算用ではあるのだけれど。

 それにしても、何故だか今の中途半端に身体を隠した姿の方が、枯れ切ったと思っていた羞恥心がふつふつと湧いてくるのだから、不思議なものだ。

 それは私自身が一歩、いや半歩ほど文明人としての自覚を取り戻したからか、あるいは私の精神、魂がこの身体に順応してきている為か。

 どちらにせよ、今日も今日とて、今日を生きる為に働かねばならぬ。

 まずは日が昇りきる前に、何だかんだと仕掛けっぱなしであった磯場の罠を確認しに行くとしよう。


「よっ、こら、せい、と」


 まだじんわりと熱を持つ尻尾を動かし、作り直したおかげでいくらか見栄えが良くなった二代目の籠を引っ掻ける。

 初代はあの突進を受けて、文字通り木っ端微塵になってしまった。

 二代目には、完成後十日も経たずに逝ってしまった初代の分も頑張ってほしいものだ。

 ところで怪我の調子であるが、尻尾の方は鱗が砕かれて禿げてしまっていた箇所にうっすらと鱗が生えてきており、この分であれば数日中には完治しそうである。

 翼の方も折れた部分はもう綺麗に繋がってしまって、まだ少しばかり痛みがあるが、動かす分には問題ない。

 尻尾はともかく、翼の方は完治するのに二週間ほどはかかるだろうと思っていたのだが、それが一晩であっと言う間に繋がり、もう動かせるまでに回復している。

 凄まじい、尋常ではない回復力だ。

 そろそろこの身体、この娘っ子に関しても、色々と調べておいた方がいいのかと思いもしたが、まさかそんなことをする時間的余裕があるわけでもなく、ひとまずは薪を拾い、食料を集め、道具を作る日々である。

 嗚呼、時間が欲しい。

 嗚呼、余裕が欲しい。

 そんなことを考えながら、いつもの磯場へとやってきた。

 漂流物は無し。

 私以外の生物の痕跡も無し。

 天気は快晴。白い砂浜は輝き、渚は穏やかで、特に変わった様子もない。いつも通りの、実にのどかな光景である。

 ヤシの実がいくつか木から落ちて転がっていたので、これはありがたく頂くとする。


「さて、たしかこの辺りだったか……っと、あったあった。おお、入ってる入ってる!」

 

 丸二日放置したままだった罠を引き上げて見れば、中には小さな魚とエビが数匹入っていた。

 魚の方は、どこか見覚えのある姿をしている。

 小さな胸ビレに、小さな顔。

 体は全体的に茶色く、触ってみれば表面にはうっすらとぬめりがあった。

 姿かたちは、地球でギンポと呼ばれていた魚に非常に類似している。

 おそらくは、同種の魚とみて間違いないだろう。

 エビのほうは、正直識別が難しい。

 透明な体に、黒い縞模様。

 おそらくはスジエビか、それに近い種なのだろうけれど、さすがに細かい名前までは憶えていない。

 もう一つの罠も引き上げてみたが、そちらにも同じような魚とエビ、あとはどこから来たのか大きなヒトデが混ざっていた。

 ヒトデは食えないので、残念ではあるが逃がす。

 食えるヒトデもいることはいるのだが、そちらも水質などによっては有毒になるので、わざわざリスクを冒してまで食う必要はない。

 魚とエビは、まあ無毒だとは思うが、先の一件があったので念のため可食性テストは行っておく。

 あの地獄の苦しみは、可能であれば金輪際一片たりとも味わいたくないものである。

 そうして食料を調達した後は、拠点に戻って土器で湯を沸かしつつ、魚とエビをすり潰したものを手の甲に塗って反応を見ながら罠作りに精を出す。

 作るのは、くくり罠用の縄だ。

 シュロ縄を何本も束ねてより太く、より頑丈なものへと編み上げていく。

 勿論、一本だけでは駄目だ。

 下手をすれば千キロを超える化物を相手にするのだから、五ケ所以上は罠を設置しておきたい。

 それに、くくり罠以外の罠にも、道具にも、このシュロ縄は大活躍する。多く作っておいて損はないだろう。

 それを思えば、あの時にシュロの木を見つけることができたのは正しく幸運であった。

 

「いっそ大型の檻でも作って捕獲するか……いや、あの化物を捕まえるとなると、丸太で組んでも耐えられるかどうか……」


 あーでもない、こーでもないと独り言ちつつ、縄を編む。

 水が沸騰すれば内臓を取り出した魚とエビを放り込んでスープにしつつ、空いた時間で釣り糸用の細い紐も作っておく。

 ちなみに可食性テストでは何の異常も確認できなかった。

 カニの一件で随分と疑り深くなっている自覚はあるが、本来であればこれぐらい慎重になった方が良かったのだろうと、今更ながらに反省する。


「そろそろ出来上がったかな。うん、うん、良い出汁が出てるじゃないか!」


 出来上がった魚介スープに舌鼓を打ちつつ、手元は止めない。

 次は槍を作る。

 とは言っても、それほど複雑な作業ではなく、適当な長さ、太さの木の棒に私の鱗を括り付けるだけだ。

 尤も、より殺傷力を高めるために、鱗の研磨にはそれなりの時間をかける必要がありそうだが。

 まずは川辺で拾った平たい石の表面を水で濡らし、鱗の断面を押し当てながら軽く、表面を撫でるような力加減で削っていく。

 真上から石を叩きつけても割れないほど強固な鱗だ。こうやって少しずつ、時間をかけて加工していくしかない。

 額に汗しながら磨く、磨く、磨く。

 何故か鱗ではなく、砥石の方が薄くなっているような気がしないでもないが、きっと目の錯覚だと思いたい。いや、そう思うことにしよう。

 そうして磨き、磨き、磨いて、日がゆっくりと傾き、辺りが茜色に染まり始めた頃。

数時間前にそれほど複雑ではないとのたまっていたそれは、ようやく完成と相成った。

皮を剥ぎ、滑り止め代わりにシュロ縄を巻き付けたその先に、黒曜石のような鱗が輝いている。

 竜の鱗の槍。

 名前だけは立派なものだが、果たしてその威力は如何なるものか。


「たあっ」


 試し切りとばかりに、その辺りの倒木めがけて一突きしてみる。

 さくっと。

 返ってきた手応えは、予想をはるかに超えるもの。

 丸太を突いた感触ではない。まるで砂の山にシャベルを突き入れた時のような、呆気ない手応え。

 さあっと、頭から血の気が引いた。

――そりゃあ竜の素材で作った武器なら、それなりの威力にもなるっしょ。

 そんな、どこか小馬鹿にするような、あるいは呆れているような、テレビゲームが大好きだった孫の声が聞こえた気がした。

 

「こりゃあ、大変な物を作ってしまったなあ」


 角の根元をぽりぽりと掻きながら、私はそんな間抜けな声を漏らすのだった。


Q.どうしてこんな装備にした!言え!

A.平気っす、性癖っす。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 折角の翼、飛び方を知らないだけで、飛び方さえ分かれば飛べるんだろうか、飛べないなら邪魔なだけのオマケオプション [気になる点] 実際問題、龍娘の体の本来の持ち主など居るんかね
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