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土器と梯子

お待たせ致しました。

 

 案の定、翌朝はひどい寝不足であった。

 いや、この島で目覚めてから一度も熟睡などできた試しがないので、いつもより(・・・・・)ひどい寝不足だった、というのが正しいのだろうけれども。

 洞の中から這い出して、泉の水で顔を洗う。ぼんやりとした頭が、少しばかりはしゃきっとした。

 夜通しかけて考えてみたが、猪、というよりは獣対策としてやはり逃走経路はしっかりと用意しておこうと、そういうことになった。

 ということで、今日は土器を乾燥させる作業を進めつつ、梯子(はしご)を作ろうかと思う。

 そう、猪から逃げるには高い場所へ避難することこそが最も確実かつ安全。ならば、私がいつもお世話になっているこの大樹に登ってしまえばいいのである。

 生憎と大樹の枝が伸びる場所まではかなりの高さがあり、道具を使わずに登るのは不可能に近い。いや、この鋭い足の爪を突き刺しながら登れば何とかなるかもしれないが、毎日世話になっているこいつを傷つけるのは極力避けたい。

 だからこその、梯子である。

 とはいえ、それほどしっかりとした物を作る必要はない。要は登ることができればいいのだから、それこそ縄梯子のような簡単なものでもいい。

 まずはそのための材料集めからなのだが、その前に焚火に薪を足し、一晩かけてかなり乾いた土器を火から少し離して並べておく。こうして少しずつ少しずつ火に近づけていき、芯の部分までしっかりと乾燥させる。

 そうして十分に薪をくべると、いよいよ材料集めだ。

 日はまだまだ顔を出したばかりだが、のんびりとはしていられない。

 迷わないよう川沿いに歩きながら、私は周囲に目を光らせる。

 ロープ代わりになるような太い蔓があればいいが、枝までの高さは五メートル近い。足を引っ掻ける踏み木(・・・)を縛る分まで考えると、相当な長さが必要になる。

 果たしてそれほど長く、さらに太い蔓が都合よく見つかるものだろうか。

 

「うん、おお、あれはまさか」


 しばらく歩き、もうじき海が見えるかというところで、私はそれを見つけた。

 ヤシの木に似た太い幹。扇状に開いた細い葉。

 しかしその背はヤシの木よりも遥かに低く、幹全体を繊維質の皮が包んでいる。


「これは驚いた。棕櫚(しゅろ)の木かこれは」


 思わず駆け寄って、その固い幹を撫でた。

 シュロの木は日本にも自生している植物で、暑かろうが寒かろうが、乾燥していようが湿気が多かろうが関係なく根を生やすほどの頑丈さを持つ。

 さらにその用途は多岐にわたり、葉は箒や籠に、実は薬として利用できるし、なによりその繊維質な皮は加工すれば縄として利用できる。

 シュロ縄といえばとても頑丈で腐りにくく、木の枝打ちなどの作業にも用いられる程で、梯子を作るにはこれ以上ない素材と言えた。

 見渡せば、ぽつりぽつりと何本も同じような木が生えているのが見える。これだけ群生していれば、かなりの長さの縄が作れるだろう。


「ん、しっかし固いなあ!」


 これを逃す手はないと、さっそくその皮に手をかけてみるが、これがまた驚くほど固い。

 左右に編み込むように交差した繊維が、幹を締め付けるようにして巻き付いている。素手で剥がすのは、相当難儀しそうだ。

 持ってきていた石器ナイフを幹と繊維の間に差し込み、筍の皮を剥がすように少しずつナイフを奥へ押し込んでいき、ようやく一枚切り離すことに成功した。

 格闘の末手に入れたのは三十センチ四方ほどの皮一枚。当然ながら、これだけでは足りない。少なくとも尻尾にぶら下げている籠三つか、四つ分。多すぎるぐらいが丁度いい。

 かなり手間だが、拠点とここを数回往復する必要があるだろう。

 だが手間をかける価値はある。

 

「ようし、やるかっ」


 頬を叩いて気合を入れると、私は黙々とシュロの皮を剥ぎ、籠へ詰め、拠点へと持ち帰る作業を続けた。

 時折、燃え続ける焚火の状態を確認し、火が小さくなっていれば薪を足し、土器の状態を見て火に当てる方向を変えたり、火に近づけたりもした。

 そうして拠点とシュロの木を行ったり来たり、往復すること十数回。

額にじわりと汗がにじみ始めた頃、私が寝床とする大樹の傍には、苦労して集めたシュロの皮がこんもりと詰まれていた。

 焚火で乾かし続けた土器もかなりいい感じだ。これならば、そろそろ焼きに入ってもいいだろう。

 と、その前に、シュロの皮の下拵えだ。

 採ったばかりの状態でも使えなくはないのだが、繊維が絡み合って非常に扱いにくいので、まずは水に漬けて繊維をほぐし、ついでに汚れも落としておく。ほぐし終わった皮は倒木に並べ、乾燥させる。

 かなりの量を集めたので、かかる手間もそれなりだ。

 その間に土器の方がかなり乾いてきたので、いよいよ焼きの工程に入っていく。

 炭だけになった焚火の上に土器を並べると、それを囲うように薪を組み、数時間かけてじっくりゆっくりと火力を上げていく。

 野焼きという方法で、縄文時代の頃から行われてきた原始的な土器の作り方である。

 

「細工は流々仕上げを御覧じろってなもんだ。さて、続きをやってしまうか」


 とはいえ、仕上がりの良し悪しをどうこう言う輩など、この島に居ようはずもないのだけれど。

 伸るか反るか、答えはごうごう燃ゆる炎の中に。

 火の様子を見つつ、シュロの皮を洗い終えたら次はほぐしたそれを糸状に()っていく。

 両手のひらで繊維を挟み、そのまま前後に動かして繊維同士を絡ませる。

 幼い頃、友達と一緒になって竹とんぼを飛ばした時のような、強すぎず、しかし緩すぎない力加減で一本、また一本。

 そうして細長い束を何本も拵えると、次はその束同士をさらに編み込んでいく。

 束を二本手に取って、先程と同じ要領で捩じり、()う。

 これもまた、力加減が難しい。

 道具があればまた違うのだろうが、要は慣れと、経験で身に着ける技術。

 数回見聞きしただけの猿真似が、そうそう上手くいかないのは道理だ。

 右にふらふら、左にだらだら。

 初めは不格好だったものが、半ばからまっすぐに、綺麗に伸びていく。その過程がまた、楽しいと思える。

 

「わっとと、危ない危ない、忘れるところだった」


 ついつい夢中になってしまうが、焚火の火加減にも気を配らなければならない。

 のめり込むと周りが見えなくなるのは、昔からの悪癖である。

 生前、妻に口酸っぱく叱られたものだ。

 昔から、そうなのだ。

 一つのことにのめり込むと、それしか見えなくなる。

 馬鹿は死ななきゃ治らないとは聞いたが、どうやらとびきりの阿呆は死んでも治らないらしい。

 ねじる。ねじる。

 日が頭の上を超え、反対側に沈み込む。

 くべ続けた薪が燃え尽き、白い灰の中にちろちろと熾火が見え隠れするぐらいになった頃、私はようやく十分な長さのシュロ縄を二本仕上げることができた。

 右に左にくねった縄はお世辞にも立派とは言い難いが、梯子にするには十分だろう。

 ついでに、余った分で細い物も何本か作っておいた。こちらもまた、様々な道具に利用することができるだろう。

 

「さて、あとは踏み木をつけるだけだが、こっちはどうかな」


 燃え尽き、灰になった焚火を枝でほじくってみると、真っ白に煤けた土器が三つ転がり出てきた。

 残念ながら一番大きなものは真ん中から二つに割れてしまっていたが、残りの二つは無事のようだ。

 それなりに上手く焼けているように見えるが、どうだろうか。

 試しに枝の先で土器の頭を叩いてみれば、まるで金属を叩いたような固い音が返ってきた。

 おお、と思わず声が出る。

 見たところひびも入っていないようだし、実際に使うのが今から楽しみだ。

 温度を下げる為に土器を火から離れたところに運び、焚火に薪を足した後で縄梯子の仕上げに取り掛かる。

 と言っても、あとは二本の縄に適切な太さの枝を等間隔で取り付けるだけの簡単な作業だ。

 枝を取り付ける際はてこ結び(・・・・)という結び方を使う。

 枝に縄をぐるっと一周、向こうにいった縄が外側から出てくるように巻き付ける。

 あとはその外側に来た縄を、内側の縄の向こうから引っ張ってきて、出来た輪っかに枝の端っこを通す。

 仕組みは簡単だが、だからこそ頑丈でほどけない。

 反対側も同じ手順で結び、これを均等な間隔をあけて繰り返す。

 単調作業なだけに、あっという間に縄梯子は完成した。

 試しに踏み木を足で抑えながら反対側の踏み木を掴んでめいっぱい引っ張ってみたが、これがまた頑丈で千切れる様子も、踏み木が外れる様子もない。

 大成功と、そう言えるだろう。

 あとはこれを大樹の枝に固定するだけだが、日も暮れてきたのでその作業は明日に回すことにしよう。

 続いて、土器の出来栄えを確認する。

 縄梯子を完成させている間にすっかり冷えたようで、手に取ってみればその手触りはまるで陶器のようであった。

 

「おお、これはいいな」


 試しに泉の水を汲んでみる。小さい物も中ぐらいの物も、どこからも漏れることはない。

 土器の中に揺らめく澄んだ冷水を、ぐいと呷る。

 コップで水を飲む。ただそれだけの、生前では当たり前であった行為のはずなのに、今この場ではそれが何よりも嬉しく、水の美味さを数倍にも引き上げているような気すらしていた。

 飛び上がらんほどの歓喜を押しとどめながら、私は最後の確認作業に入る。

 それはつまり、焼き上げたこの土器が、どれほどまで火に耐えられるか、というものであった。

 そう、小さい物はともかく、中ぐらいの物は調理用に作ったのだ。

 いくらこの身が頑丈にできているとはいえ、生水を飲み続けるのはさすがにリスクが高すぎる。

 煮沸消毒、加熱処理は生存への絶対条件であった。

 しかしここで熱に耐えきれず割れるようなことがあれば、これまでの努力は水の泡。また一から作り直しだ。

ひとまずは中ほどまで水を注ぎ、恐る恐る焚火の上に置いた。

じわじわと、器の温度が上がっているのがわかる。

 ゆらりゆらりと揺れる炎を、じっと見る。

 日が沈み、辺りを焚火の灯りが照らし始めた頃。

 沸々と踊り始めた水を見て、私は本日何度目かになる歓喜の声をあげたのだった。

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