第84話、罪
貴族らしき少年が何を言っているのか良く解らず、ガライドの様子にも慌ててしまう。
と言うかガライドの方が不味い。何故か解らないけど凄く怒ってる。
だってちょっと光ってるもん。ほのかに紅く光ってるもん。
「女性への第一声がそれでは、幾ら何でも余りに失礼ではありませんか?」
『全くだ! 何なんだこの小僧は!』
慌ててガライドを抑える様に抱えると、領主さんが少年に声をかけた。
すると少年は、意味が解らないと言いたげな表情を領主さんに向ける。
「何故だ。聞いた所この女は他国の奴隷だったのだろう? ならば俺の女になる事を喜びこそすれ、嫌がる事などあり得ないだろう。いったい何が失礼と言うのか」
『っ、この小僧、本当にふざけるなよ・・・!』
「彼女は奴隷ではありません。闘士です。訂正と謝罪をして頂きたい」
ただ領主さんへ向けた言葉を、彼ではなくリーディッドさんが答えた。
そのおかげかガライドは怒りつつも、その怒りを少し抑えた様に見える。
けど何だか彼女も少し怒っている様な気が。いや、間違い無く怒ってるよね。
でも私が奴隷だった事は事実だし、特に謝る必要は本当に無い様な。
女がどうこうっていう点は、まだよく解ってないけど。
「ふざけるな。俺が謝罪をする必要が何処にある。奴隷であった事は事実だろう。そもそも貴様は誰に向かってそんな口をきいているのか解っているのか」
「貴方にですよ。世間知らずで身の程知らずの坊や」
「っ、無礼な。貴様、家ごと潰されたいのか」
「やれるものならやってみなさい。出来ないから我が家は存続しているんですよ。本格的に王家に牙をむく事でもない限りはね。それとも他の貴族が魔獣領を引き受けるんですか?」
「そんな物、貴様らが居なくなれば誰かがやるに決まっている。自分の家が特別扱いだと自惚れるな。貴様等の様な愛想のない連中を生かしているのは温情に過ぎん」
「ではお帰りになって代役をお探しになっては如何ですか? 居るとは思えませんが、頑張って下さいね。さ、お帰りはあちらです。お気をつけてどうぞ」
「貴様・・・本当に死にたいの――――」
反射的に体が動いた。少年が剣を抜くよりも早く、彼の胸を掴んで押し倒していた。
「げはっ!?」
「貴方、今、リーディッドさんを、斬ろうと、しました、ね」
今この人、リーディッドさんに剣を向けようとしていた。
視線と動きが首を狙っていた。そんなの許せる訳がない。
もし本気で彼女を殺す気なら私の敵だ。敵なら倒す。殺して食らう。
「貴様、殿下を離せ!」
「殿下! ご無事ですか!?」
「小娘が! 一体何をやっているのか解っているのか!」
私が彼を押し倒したのに遅れて、見覚えの無い兵士さん達が武器を構えた。
敵意を感じる。殺意を感じる。ならやっぱり、この人達は私の敵だ。
「騒ぐな! 馬鹿が余計な事をしたせいでしょうが! 貴方達とて古代魔道具使いの強さを知らないはずは無いでしょう! 彼女を刺激したらここに居る全員が死にますよ!! グロリアさんも落ち着きなさい! 何の為に今まで訓練してきたんですか!」
「――――っ」
怒りと殺意で埋め尽くされた思考に、リーディッドさんの叫びが届く。
そのおかげか、私の拳は少年の顔の前で止まった。
止めるのが一瞬遅れていれば、彼の頭は弾け飛んでいたと思う。
「グロリアさん、怒りは解ります。ですがその手を放して下さい。お願いします」
「・・・わかり、ました」
指示に従って手を放し、ゆっくりと彼から離れる。
すると私を避ける様に兵士さんが動き、少年の様子を確かめ始めた。
少年は呼吸が上手く出来ていないようだ。背中を強く打つとああなると聞いた。
私はなった事が無いから良く解らないけど、あの状態になると凄く苦しいらしい。
「・・・ごめん、なさい」
けど今そんな事はどうでも良い。彼の事など興味が無い。
私にとってはリーディッドさんに怒られた事の方が問題だ。
彼は殺してはいけない、加減をしなければいけない相手だったんだろう。
なのに私は完全に殺すつもりだった。あと少しで潰していた。
「いえ、こちらこそ怒鳴ってしまい申し訳ありません。多分守ってくれようとしたんですよね。ありがとうございます。ですがあんな馬鹿を殺しては、貴女の拳が汚れるだけですよ」
リーディッドさんは私の前にしゃがみ込むと、優しい笑顔でそう言ってくれた。
怒ってないのかな。私失敗したんじゃないのかな。叱られ、ないの、かな。
さっきの彼女の声は、かなり怒気が籠ってたと思うんだけど・・・。
「怒って、ないん、ですか・・・?」
「怒っては・・・まあ、いますね。でもグロリアさんに怒っている訳ではありませんから。すみません、そのままの勢いで怒鳴ってしまいましたね。そんな顔をしないで下さい」
『グロリア、リーディッドの言葉は本当だ。そこまで気にしなくて良い』
リーディッドさんは優しく私の頬を撫で、ガライドも彼女の言動を肯定している。
ならきっと、本当に怒ってないと思って良い、んだと思う。
そこでホッと安堵の息を吐くと、後ろから声をかけられた。
「げほっ、けほっ・・・貴様、何をやったのか解っているのか・・・!」
少年が鋭い視線を私に向け、今度は彼が怒った様子を見せている。
ただリーディッドさんの時と違って、焦りは一切生まれない。
多分敵だと思ってるからだろう。殺しちゃ駄目でもアレは敵だ。
「折角俺の女になる機会だったというのに、貴様はそれをフイにしたんだ。貴様はこれから犯罪者として、一生俺にこきつかわれる事になる。もう後悔しても遅いぞ・・・!」
『この小僧、まだそんな口を聞けるのか。やはり潰した方が良いのでは』
が、ガライド、駄目だよ。リーディッドさんが止めたんだから。
それにしても犯罪者って、何でそうなるんだろう。むしろ捕まるべきは彼なんじゃ。
だって彼は人に武器を向けようとした。訓練以外で攻撃しようとした。
なら私よりも彼の方が犯罪者の様な気がするんだけどな。
そう思っていると、リーディッドさんがびっくりするほど冷たい目を彼に向けた。
「ここまで馬鹿とは思いませんでしたよ。彼女を犯罪者にしてどうするつもりですか」
「決まっている。死ぬまで我が国の道具になって貰うだけだ、新しい古代魔道具使いとしてな」
「どうやって?」
「は? 何を言っているんだ貴様は。どうやっても何も、罪状など――――」
「本気で馬鹿ですか貴方は。罪をでっちあげて彼女を抑えるのも馬鹿馬鹿しい話ですが、古代魔道具使いである彼女を、一体どうやって取り押さえるつもりですか」
「そ、それは・・・そうだ、魔道具さえ奪ってしまえば――――」
「ああ、すみません、疑問を告げた私が愚かでした。貴方本当に馬鹿なんですね」
『全くだ。グロリアを相手に、この雑兵共で一体何が出来ると言うのか』
リーディッドさんとガライドが、物凄く大きなため息を吐いた。
私は溜め息こそ吐かなかったけど、彼の言ってる事は無茶苦茶だと思っている。
彼にガライドを渡す気は一切ない。ガライドを奪うなら全力で抵抗するつもりだ。
だから私から魔道具を奪うには、魔道具を持っている私を倒さなきゃいけない。
それに魔道具使いとして使うって言ってるのに、何で私から取り上げようとするんだろう。
とはいえ、どっちにしろ彼に付いて行く気は無い。この人は大嫌いだ。
「私は報告しているはずですよ。グロリアさんは単独で魔獣を撃破する技量の持ち主だと。森の中で何日も生活できるほどの人物だと、貴方は聞いていてここに来たのではないのですか?」
「フンッ、馬鹿馬鹿しい。魔獣だらけの森でそんな事が出来るものか」
出来るものかって言われても、そうやってここまで来たんだけどな。
「とにかく、貴様はこの俺に手をだした。本来なら極刑に値する蛮行だ。貴様を監督する家も同罪だ。もし許しを得たいというのであれば、大人しく魔道具を外して俺に従え」
「いやです」
自分でもびっくりするぐらい、反射的に言葉が出た。
今までで一番言葉が滑らかに出た気がする。多分よっぽど嫌だったんだろうなぁ。
何故か他人事の様に自分を見ていると、彼は顔を真っ赤にし始めた。
「貴様! いい加減にしろよ! 下賤の分際で、逆らう権利など貴様にあると思うな!!」
「・・・この馬鹿は、どうしたらグロリアさんにこんなに強気に出れるんでしょうね」
『それはまさしく状況が理解出来ない『馬鹿』だからだろうよ』
イライラする、って感覚が、今日初めてちゃんと解った気がする。
私この人と話してると、すっごいイライラする。




