閑話、大人の後悔
古代魔道具の使い手。グロリアという名の少女。
あの子に対し最初に抱いた印象は、意思の無いお人形。
自ら意見を発する事は無く、常に周囲の人間の顔色を窺う少女。
強大な古代魔道具を有してはいても、貴族の指示に従うだけの小娘。
貴族の為に戦うだけの、政治の闘争に使われるだけの人形。そう感じた。
「くだらないわね、世の中ってやつは」
あの子に罪が在る訳じゃない。けれど同時に忌々しいと思ってしまう。
何故強い意志を持つ人間に、その力を与えてくれなかったのかと。
あの子を連れた、リーディッドと名乗った娘が貴族な事は知っていた。
だから彼女に対してやった事は、半分我が儘な八つ当たりに近い。
彼女が悪い訳ではない事は解っている。悪いのは対応の遅い領主だ。
もっと言えば、古代魔道具の使い手でありながら、ふらふらと好き勝手に生きている娘。
あの娘が貴族の地位を捨て、恩恵を受けずに生きているというのであれば納得出来る。
けれどあの娘は貴族だ。民の税で生きている。その為の義務を果たすべき立場のはずだ。
なのに娘は来なかった。領民の危機に応えなかった。その間また命を落とした馬鹿が居た。
「すぐに動いてくれたら、助かったかもしれないのに・・・!」
領主からの返答は、今すぐ娘を動かす事は出来ない、の一点張りだ。
その上あのクソ領主は、私の神経を逆なでしやがった。
『被害は花畑と従業員に、幾らでも替えのきく程度の傭兵だろう。慌てる必要もあるまい。報告を聞くに魔獣は移動をしない。なら緊急を要するとは思えんな。兵を出す必要も無いだろう』
今思い出しては腸が煮えくり返る。その場でくびり殺してやろうかとすら思ったわ。
替えがきくですって? 人間をなんだと思ってんのよアイツは!
それでも我慢はした。娘を動かす事自体は了承したと返して来たから我慢できた。
いいえ、たとえ動かしてくれなかったとしても、我慢するしかなかったでしょうね。
私がちゃんと押さえておかないと、また被害が出る可能性がある。
幸いは衛兵も下っ端は友好的な事よね。住民の避難の相談は受けてくれたし。
とはいえその後も暫く事態は動かず、そしてグロリアちゃんがやって来た。
だから好都合だと思って彼女を使い、あの魔獣を倒させるつもりだった。
「・・・無駄じゃ、ない、です」
そんな自分を責めた。本当に自分は馬鹿かとなじった。
死んだアイツ等の為に涙を流す少女を、都合よく利用しようとしていた自分が腹立たしい。
何処が人形だ。悲痛な目で拳を握る彼女のどこに意思が無いなんて言える。
私も同類だ。領主を敵視しておきながら、やっている事は自分も変わらない。
現れた魔獣が自分の手におえないからと、こんな優しい子を戦場に立たせた。
義務も義理も無いはずの、こんな優しい少女をだ。
それでも、後悔と自責があっても、今更無しだなんて言えない。
あの魔獣は危険だ。街中に現れた魔獣にしては危険過ぎる。
今は動いていないから良い。けどもし動き始めたらどうなる。
下手をすれば、この街の住民が大勢死ぬ。
事が終わったらこの子に改めて謝ろう。馬鹿な大人として頭を下げよう。
きっと優しいあの子はやらないと思うけど、死なない程度に殴られても良い。
その代わりどうか、アイツ等の仇を討って欲しい。
「いき、ます!」
そう思いながら彼女が飛び出すをの見送り、そして一瞬で勝負が付いた事に驚く。
本当に一瞬の出来事で、魔獣は碌な反撃が出来ていなかった。
飛び降りたと思ったら一瞬で距離を詰め、毒も無視して花を粉砕したのだから。
赤い毒の中で紅い髪とドレスをなびかせ、たたずむ姿にゾクリとしたもの感じる。
毒がまるで効いていない。古代魔道具の回復魔法とはここまで凄い物だったのか。
そして何よりも彼女の力。アレは本当に、魔道具を持っているからなのか。
明らかに戦い慣れている動きだ。魔獣の反撃に一切怯む様子無く拳を撃ち抜いた。
アレは、なんだ。私が今まで見ていた優しい娘は、一体どこへ行った。
「えっ、な、なにしてるの、あの子!?」
グロリアちゃんの変わりように面食らっていると、彼女は更に驚く行動に出た。
粉砕して飛び散った魔獣を拾い、何の処理もせず食べ出した。
あんな事をしたら魔獣の魔力にやられて倒れる。一体何を考えてるの!?
「ちょ、ちょっと、アンタ、あの子の保護者でしょ! 止めなくて良いの!?」
「止める必要はありません。アレはグロリアさんにとって日常ですから。魔獣と戦って、勝って、食べる。それが彼女の闘う理由で、私はそんな彼女を止める術が有りません」
「魔獣を・・・たべる、為に、戦う・・・?」
彼女の言っている事が解らない。何でそんな事をする必要が有るのか。
魔獣を食べるだけなら、今すぐ食べる必要なんかない。
処理をすれば食べられるんだから。何よりもあの魔獣は毒を持っていたのに。
そのまま食べたら毒に侵されるはずだ。なのにあの子は構わず食べ続けている。
魔獣からしたたる汁で紅い服が更に紅く染まり、口も顔も染まって行く。
それはまるで紅い戦化粧でもしている様で、未だ鋭い目が私の背筋を震わせた。
「なあ、キャス。あれってもしかして、まだ魔獣生きてるんじゃねえか?」
「え、嘘・・・あ、ほんとだ、生きてる。上手く死んだふりしてるけど、よくよく見てみたらまだ力が残ってる。ううん、内側に抑えて解り難くしてる。良く解ったね、ガン」
「グロリアの目が鋭いままなんだよ。明らかにまだ戦う気だ」
「倒していない事が解っているけど、確実を期す為に花を先に食べた、という所でしょう。いえ、グロリアさんは全てを食らいつくすつもりでしょうね」
まだ、戦いは終わっていない。そうか、彼女のあの寒気がする迫力はそのせいか。
等と思いながら話を聞いていると、グロリアちゃんが飛び散った魔獣を食べきった。
すると彼女は蕾が在った所に近付き、茎のような部分を掴む。
そして踏ん張る様子を見せると、そのまま魔獣を引き抜こうとしていた。
根がずるりと動き、けれど抵抗しているのか土ごと動いている。
けれども地面を掴む根など知った事かと、彼女は少しずつ魔獣を地面から引きずり出す。
凄まじい力技だ。あれが古代魔道具の力。彼女の手足の魔道具の力。
「っ、なん、て、戦い方・・・」
それだけでも驚いたのに、彼女はまだ私を驚かせる。
魔獣の根をある程度引き抜くと、彼女は魔獣にかぶりついた。
吹き出す紅い汁を被るのもお構いなしに、毒など知った事かという様に。
暴食。そう形容するのが相応しい姿。ただただ食らう為に戦う姿。
食らって、食らって、そしてまた引き抜き、また食らう。
命を食らって滅ぼす様に、魔獣の命を食らい続ける姿に戦慄を覚える。
そこにさっきまで涙を流していた、優しいグロリアちゃんの面影は一切ない。
「怖いわね・・・けど、何故か、綺麗に思えるわ」
紅蓮に染まる彼女の姿は恐ろしい。最早化け物という言葉がふさわしい様相だ。
強大な魔獣をものともせずに食らいつくし、返り血を浴びながらなお食らう。
けれどのその恐ろしい姿に、目を引き付けられる美しさを感じるのも確かだった。




