第75話、救い
臭いを我慢して暫く歩くと、住宅を抜けた先に高い柵が見えて来た。
その柵の前で数人の男女が立っており、その人達にギルマスさんが声をかける。
すると彼らもギルマスさんに応え、最近の状況などの報告をしていた。
そこで柵の一部が開き、中から出て来た人もその会話に加わる。
「どう、変化は無しかしら?」
「今の所変わらずです、近づいたり攻撃しない限りは変化なしっすね」
「そう、悪いわね、きつい仕事まかせて」
「いやぁ、臭いさえ我慢すれば楽で報酬も多い仕事だから大助かりっすよ」
「アンタ達がそう言うなら良いけど、調子がおかしいと思ったらすぐ逃げなさいよ」
「解ってますって。俺達だって死にたくないっすから」
話を聞いていると、どうも彼らは魔獣を見張っているらしい。
魔獣が動かないとはいえ、今は動かないだけかもしれないからと。
もしかすると動く可能性も在るし、その時は周囲にすぐ知らせる必要が有るからだろう。
と、ガライドが説明をしてくれたのを、ふんふんと聞きながら話が終わるのを待つ。
『だがギルマスが警告している通り、楽な仕事ではないと思うがな。もし彼らが逃げなければいけない事態になった時、一番危ないのは彼らだろう。下手をすれば知らない内に毒が回って、逃げ出す暇すらない可能性もある。そう考えると少し緊張感が足りんな』
緊張感が足りない。そう言われて私もちょと気を付ける。
臭いで集中が欠けているし、緊張感は全く無かった。
周りに守らないといけない人がいるんだし、ガライドの言う通り気を張らないと。
「じゃ、通らせて貰うわね」
一通り報告を聞くと、ギルマスさんは柵の中へと入って行く。
私達もその後を追いかけて中に入ると、柵の向こうは特に何も無かった。
いや、あるにはある。地面が途中で途切れていて、その遥か向こうに柵が見える。
「こっちよ、見てみなさい」
ギルマスさんがスタスタと歩き出し、地面が無くなっている手前で下を見る。
それに倣う様に近付くと、道が無いんじゃなくて階段があった。
下に降りる様になってたから、道が無くなっている様に見えたのか。
結構長い階段を降りた先に花畑が広がっている。
ただしどの花も枯れているか、今にも枯れそうな花ばかりだけど。
そしてその花畑のほぼ中央に、大きな蕾のようなものが在る。
あれが魔獣だろう。ガライドの『レーダー』にもしっかり映っている。
ただ何だか表示が少しおかしい。花畑いっぱいに光っている様な。
『植物の魔獣・・・魔植物、というべきなのか? 気を付けろ、グロリア。アレは見た目通りの個体ではない。地中に張った根もアレの体だ。上までは届いていないが、この地面の下にも根が張ってある。アレの生態次第ではかなり厄介だぞ』
根っこも魔獣。という事は、あの蕾を殴っても倒せないという事だろうか。
ならどうやって倒せば良いんだろう。全部千切れば良いのかな。
「階段を降りてすぐの太い根が見えるかしら。アレより向こうに行くと、あの蕾が開いて毒を撒いて来るわ。ただどうもその毒が重いのか、臭い以外は上がって来ないみたいなのよ。花畑の立地が幸いした形ね。もし平地だったら今頃地獄だわ」
そっか、毒は登って来ないんだ。それならガンさん達は安全だ。
ここから先に出て行かなければ良いだけなんだから。
「成程、降りなきゃ問題無いのか。とはいえ思っていた以上に範囲が広いな、これ」
「そだねー。走っていっても、あの大きな蕾に辿り着く前に毒を撒かれそうだよね」
キャスさんは確かに無理だけど、ガンさんなら光剣を使えば行ける様な?
でも一撃で倒せるか解らないから、やって欲しくは無いけど。
そんな風に思っていると、リーディッドさんが鋭い目になってギルマスさんに声をかける。
「そしてその毒にやられたのが、根が巻き付いている彼等ですか」
「ええ。この花畑の従業員と、救助に向かおうとして失敗した人間ね。そこまで日が経ってない奴も殆ど原型を残してない辺り、あの根はただ絡まってるだけじゃないんでしょうね」
「食われている、という事ですか」
・・・あの人達は、助けに行って、助けられなくて、食べられている、んだ。
「そ。毒で倒して、根でからめとって、人間を食う。厄介な魔獣だわ。知能が有るんでしょうねー。何せ最初に倒れた人間は、最初の内はまだ動けたのよ。苦しいって声を発せる程度は」
「・・・捕まえた人間で、救助の人間を釣ったんですか。そして釣れなくなったから一気に食べ始めたと。その後の救助を出さない様にしたのは貴方の指示ですか?」
「当然じゃない。下手に手を出せば死ぬのが見えてるわ。どれだけ非難されても救助は認めなかったわよ。とは言っても無理矢理行った馬鹿も居たけどね・・・ほんと馬鹿野郎が。無駄死にしやがって・・・」
『・・・この男もただ腹黒いだけではないか。だが、それが人間というものか』
ギルマスさんが拳を握り込み、唸る様な声で最後に呟いた。
彼が見つめる先には亡くなった人達が、既にボロボロになっている。
誰も助けられず、自分も死んでしまった人達。その人達を見ていると、何故か胸が痛い。
『しかし不幸中の幸いか、救助に向かった人間が居た事で街の人間は助かったと言える。おそらく餌が無ければ根の範囲を広げていただろう。捕らえた者達を食べきれば、その根は街へと更に広がる。つまりそれまで猶予が出来たと・・・いや、幸いと言うのは失礼だな。失言だった』
「・・・それは、違うと、思います」
あの人達がいたおかげで、街の人が助かった。
それは失言じゃないと思う。それはきっと伝えるべき事だ。
彼等は死んでしまった。けど確かに誰かの命を助けられたんだから。
人を助けに行こうとして失敗したけれど、それでも助けられた人が居たんだから。
そう思った呟きに、ガライドじゃなくてギルマスさんが反応した。
「違う? どういう事かしら、グロリアちゃん」
「あの人達が、食べられている間、根が広がるのが、止まって、ます。助かった人が、居ます。街の人、助かり、ました。きっと、いっぱい。だから、だから・・・無駄じゃ、ない、です」
喉が詰まる。何時も以上に上手く言葉が出てこない。
理由は何となく解ってる。私はきっと自分をあの人達に重ねたんだ。
もし自分が誰も助けられなかったら、それはきっと悔しくて堪らないから。
泣きそうなぐらい悔しいから。何も出来ない自分が情けなくて腹立たしいから・・・!
「―――――」
ガライドの言葉を彼に伝えると、彼は目を大きく見開いた。
そして少しの間私を見つめ、不意にその視線が優しくなる。
「そう・・・ありがとう。納得するのは難しいけど、少し気休めにはなったわ。貴女は良い子なのね。優しい子だわ・・・そうね、アイツらの死も、無駄じゃないわよね・・・」




