第71話、討伐依頼
「じゃーあねぇー! まーたきーてねぇー!」
傭兵ギルドの出入り口前で、ギルマスさんが手を振りながら見送ってくれている。
私はそんな彼に小さく手を振り返し、途中でその手をリーディッドさんにとられた。
そして少し引っ張られる様な感じになり、ワタワタ慌てつつ歩き出す。
「はぁ・・・本当に頭が痛い・・・」
「お姉さま、お気持ちは解りますが、何故あんなに解り易い態度でお認めになったのですか?
彼は一応『噂』と言っている以上、真実は掴んでいなかった可能性も・・・」
「アレは解っていて『噂』などと言ったんですよ。本当は詳しく知らない『フリ』です」
「え、で、でも、そんな素振りは・・・」
「あの男がグロリアさんを見る時、腕と足に注目していました。最初の確認時以外にもチラチラとね。彼女の抱えている不思議な球体ではなくです。ただの『噂』ならおかしな話でしょう」
「あっ・・・」
確かに言われてみると、何度か私の手足に視線が向いていた気がする。
けど今の私の手足は手袋と靴下で、魔道具が付いているようには見えない。
なのにあのギルマスさんは、私の手足が魔道具だと思っていたって事なのかな?
「なら彼は最初からグロリア様の事情を知っていて、奥に連れて行ったと?」
「そういう事でしょう。状況と貴女を出汁にして、大きな問題は無かったという事にしようという話をする建前で、最初からグロリアさんに仕事を頼むつもりだったんでしょうね」
「じゃ、じゃあ暴れた男性も仕込み、ですか?」
「いえ、あれは本当にただの馬鹿でしょう。面倒事から偶然良い物が転がり込んできたから、逃がさず利用出来るなら利用しよう。そんな感じだと思いますよ」
『・・・成程。流石街の傭兵ギルドのまとめ役、と言うべきなのだろうな、この場合は』
ガライドが感心したような言葉を、けれど少し嫌そうな雰囲気で口にした。
私にはその理由が良く解らず、首を傾げながら歩き続ける。
そもそも二人の会話内容は基本難しいから、途中で思考を止めてしまいそうだ。
「その辺りは解ったけど・・・結局どうするんだ。あの仕事、受けるつもりなのか?」
「ガン、その話は外では止めましょう。今日はもう城に帰って、部屋で続きを」
「あー、すまん。解った」
ガンさんはギルマスさんから頼まれた『仕事』の話が気になるらしい。
正直に言えば私も少し気になっている。
けれどリーディッドさんが今は駄目と言う以上、素直に頷いて城へ帰った。
「ああ、名残惜しいですが、本当に名残惜しいですが・・・お姉さま、本日はこれにて失礼致します。どうか次に会う時まで私の事を覚えていて下さい・・・!」
「夕食時に顔を合わせるんですから、そんな短時間で忘れられる訳ありませんよ・・・」
『これが過剰な演技なのか素なのか全く解らない。私はこの娘が苦手になってきた』
ガライドはやけにエシャルネさんの態度に拘る気がする。
リーディッドさんの事が好きなだけだし、そんなに気にしなくて良いと思うんだけどな。
「グロリア様も、また一緒にお出かけしましょうね」
「はい」
ニッコリと笑顔を向けてくれる彼女に、嫌な感じは一切ないし。
むしろ私と同じ人が好きな分、好感を持っていると言って良いと思う。
なので私は笑顔で彼女に手を振り、彼女も手を振り返してから去って行く。
「さて、では部屋に戻りましょう」
エシャルネさんが曲がり角を曲がる際、もう一度手を振って消えて行った。
それを見届けてからリーディッドさんが告げ、みんな彼女に付いて行く。
私は手を引かれてだけど、何事も無く寝室へと皆で戻った。
「さて、早速ですが、先程の仕事の件を話しましょうか」
「リーディッドお嬢様、私もここに居て宜しいのですか?」
「リズは一緒に居たんですから今更でしょう」
「では、私はお茶のご用意を致します」
リズさんが部屋を出て行き、その様子にリーディッドさんがため息を吐く。
「本当に仕事人間ですね。出かけている間も私語は殆どありませんでしたし・・・あれだからグロリアさんが緊張するというのに。ねえ?」
「え、いえ、その、えっと・・・さ、最近は、少し、慣れた、と、思います」
「ふふっ、なら良いのですが」
でも今日は皆で出かけていたおかげか、実際普段よりは緊張が緩んでいた。
それに擁護院で少し子供達と遊んでいた時は、彼女の笑顔の雰囲気が少し違った気がする。
普段から笑顔なんだけれど、普段と違って何だかホッとするような・・・。
「んでー、リーディッド、どうすんのー? お仕事はー」
リズさんの様子に少し思いをはせていると、キャスさんが機嫌の悪そうな声で訊ねた。
ただ言われたリーディッドさんは楽し気な様子で、くすっと笑いながら応える。
「あら、キャスは受けたくなさそうですね」
「だーって信用できないんだもん、あのギルマス。グロリアちゃんの素性を知ってたのに、知りませんでしたーって顔して個室につれてったんだよ。皆一緒じゃなかったらどうなってたか」
「間違いなくグロリアさんは仕事をその場で受けていたでしょうね」
「でしょー。なのに本当にただのついで、みたいな依頼の出し方が気に食わないね、私は」
彼女達の言葉は否定できない。頼まれたその場ではやる気だったから。
リーディッドさんが「すぐに返事は出来ませんね」と返さなければ受けていたと思う。
だって魔獣の討伐依頼なら、むしろ今の私は自分から頼みたいぐらいなのだから。
ギルマスの頼みは、とある花畑に陣取った魔獣を退治して欲しい、というものだった。
その魔獣は移動はしないし、近付かなければ危険はさほどない。
けれど近辺の作物が枯れ始め、魔獣を排除しないと困る人が増えて来た。
危険度としては近付かなければいいが、生活の害になっている以上放置は出来ない魔獣。
なら手の空いている傭兵に頼めば良いいはずなんだけど、その魔獣は毒を撒くらしい。
軽度なら解毒できる程度の毒だけど、倒すにはかなり近づく必要が有る。
即座に倒せれば問題無いかもしれないが、長時間戦闘になれば死ぬしかない。
そこで『回復魔法』を使える私なら、問題無く倒せるんじゃないかという事だ。
「お腹、空いてる気が、しますし・・・私は良い、ですよ?」
そして私はここ数日魔獣を食べていない。
だから何となく、少しだけお腹が空いてる様な、そんな感じがある。
勿論美味しい料理を食べている間は解らなくなるんだけど。
ただギルドで闘技場に居る感覚になった後ぐらいから、少し空腹を感じ始めていた。
『この数日間は機能を出来るだけ最低限に落として消費を抑えているが、補給出来るに越した事は無いか。とはいえ戦闘をする予定が無ければ、食事量を増やすだけでも対応出来るぞ?』
「・・・でも、魔獣を、食べたほうが、早いです、よね?」
『まあ、それは、そうだな・・・魔獣一体の方が効率は良い』
「なら、倒し、ます。食べ、ます」
『そうだな。君はそういう子だ。戦う方を選択する子だものな・・・』
ガライドは納得してくれたみたいだ。なら後は依頼を受けるだけだろうか。
そう思い皆目を向けると、ガンさんがくすっと困った様な表情で笑った。
「グロリアの体の事を考えたら悪くない話でもあるよな。この辺りは魔獣被害は殆ど小さい害獣程度みたいだし、街で人と共存してる魔獣を食う訳にもいかねえだろうしな」
「んー、それはそうだけどさー。ぶーぶー」
「ハイハイ。キャスの気持ちは解りましたが、本人が受けると言っているのですからあまり文句を言わない。グロリアさんの性格上、気を使って受けられなくなるじゃないですか」
「あ、ごめん、グロリアちゃん・・・」
「い、いえ、き、気にしないで、下さい」
しょぼんとした様子で謝るキャスさんに、顔を上げて貰うと慌てて近寄る。
するとニマッとした顔を見せた彼女に抱きつかれ、ウリウリと頬ずりをされた。
「グロリアちゃんは優しいねぇー。お姉さんは嬉しい!」
「・・・取り敢えずキャスは置いておくとして、それじゃ今からでも俺が話付けて来ようか?」
「いえ、待って下さい。返事はまた明日に。折角いい嫌味のネタを見つけたのですから、精々夕食時に揶揄えるだけ揶揄ってから仕事に持って行きましょうか」
『・・・今度は何をやるつもりなのか。まあ、グロリアに損は無いのだろうが』




