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第64話、街に降りる格好

「ごめん、なさい・・・!」


 血の気の引く感覚とは、きっとこういう物なんだろう。

 今までにない程に焦りながら、リーディッドさんへ謝罪を口にする。


「あー・・・お気になさらず。グロリアさんらしくて良いんじゃないですか? ふふっ」


 けれど彼女は一瞬悩む様子を見せた後、クスクス笑いながらそう答えた。

 私の失敗を咎める所か、何時も通りの優しい笑顔で。


 何の話かと言えば、食堂での食事の件だ。


 食べ方のマナーは守っていたけれど、根本的に間違えた事に食べ終わってから気が付いた。

 だって食べ終わって顔を上げた私を見る目が、全員変な表情になっていたのだから。

 美味しい食事が捨てられる。その事実が許せなくて他の事が吹き飛んでしまっていた。


 リーディッドさんは苦笑していた程度だったけれど、何かがおかしかったのは間違い無い。

 慌ててガライドに目を向けると『普通は残した食事に手は出さんな』と言われた。

 あれだけ彼女に恥をかかせてはいけないと、そう思っていたはずなのに・・・!


『グロリア、謝るにしても後の方が良いと思うぞ。少なくともこの城の者達の前では我慢だ』


 即座に謝ろうと思ったら、ガライドに忠告されてぐっと呑み込んだ。

 そして席を立ったリーディッドさんに手を引かれ、食堂を後にして部屋に戻った。

 なのでもう良いだろうと思い、彼女に恥をかかせた事をやっと謝れた形だ。


「何々、グロリアちゃん何か失敗しちゃったの?」

「・・・はい。しました」

「でもリーディッドが笑ってるんだし、別に失敗じゃねえんじゃねえの? コイツ失敗した場合は事細かに注意するし。グロリアだって一緒に仕事してる時はそうだったろ?」

「それは・・・そう、なん、でしょうか・・・?」


 キャスさんの問いに頷いて応えるも、ガンさんの言葉には逆に疑問で返してしまった。

 確かにリーディッドさんは、私が間違えた時はきっちり注意してくれる。

 けれど今はむしろ笑って居て、機嫌が良い様にすら見える気がした。

 何が正解なのか解らなくなってしまい、不安と焦りと申し訳なさが混ざりつつ首を傾げる。


「まあ、大した事ではないですよ。私としては正直面白かったので。そもそもグロリアさんの生い立ちや事情を考えれば、どう足掻いても避けられない出来事だったと思いますし」


 リーディッドさんは最初にそう言ってから。食堂での出来事を話し出した。

 私が食事を無駄にする事を怒った事。残った食事を全部食べた事。

 そしてこれは気が付いていなかったけれど、その私の剣幕に皆が少し怯えていた事を。


 ここに来て初めて知った事実で、余計に罪悪感を覚えてしまう。

 まさか怖がらせているとは思ってなかった。


「あははっ! 何それ見たかった! 私もその場に居たかった! グロリアちゃん最高!!」

「帰ったらギルマスに教えてやろ。絶対笑うぞこんなの。いやー、流石だなグロリア」

「あの夫人や頭首が嫌味も口に出来ない状況は本当に面白かったですね。私ずっと笑いを堪えて変な顔になってましたもん。ま、おかげで夫人も状況を把握していると解りましたが」

『ふむ、リーディッドがこう言うという事は、普段なら嫌味の一つでもあるのだな。それが無かったという事は、確かに夫人も事情を理解していると判断出来るか』


 ただ私の焦りとは裏腹に、皆楽しげに笑いながら話を聞いていた。

 リズさんなんか、何故か誇らしげな微笑みをたたえている。

 そんな彼女に目を向けたリーディッドさんが、ニヤッと笑いながら声をかける。


「リズ、何か言いたげですね?」

「言いたい訳では有りませんが・・・私はグロリアお嬢様の為された事に落ち度など無い、と思っているだけです。少なくとも料理人の身なれば、お嬢様の行動は嬉しく思うでしょう」

「ふふっ、確かに。あの料理人、困惑しつつも嬉しそうでしたね」

「あそこまで感慨深い『美味しい』の言葉が嬉しくない料理人など居ませんよ」


 ・・・そうか。料理人さんは、喜んでくれたんだ。それは、とても、良かった。


「最初から食べられない量を作るとか、体調不良でもないのに料理を残して捨てるとか、私には理解できないけどねー。庶民からしたら意味わかんないもん」

「まーなー。その捨てる食材もどうせ良い物なんだろ。もったいねえよなぁ」

「それが大半の『貴族』という生き物なんですよ。無駄で非効率な見栄を張る生物です。他者と手を組んで事を上手く回すよりも、足を引っ張り合って地位の確保を優先する、ね」

『リーディッドはやけに実感が籠っているな。自身も貴族だからこそ見てきた世界が在る、という事なのだろうな。足の引っ張り合いか・・・よくある話と言えば良くある話だが』


 キャスさんとガンさんが私と同じ感覚で、少しだけホッとして息を吐く。

 ただその行為を同じ『貴族』のリーディッドさんも嫌いらしい。

 足を引っ張るどうこうは良く解らないけど、彼女に嫌われていない事に心底安堵した。


「グロリアさん、安心しましたか?」

「え、は、はい」

「それは良かった。貴女は貴女らしくで良いですからね。勿論何か問題が有る時はちゃんと注意しますから。こんな些事をそこまで気にしなくて大丈夫ですよ」

「・・・ありがとう、ござい、ます」


 彼女の笑顔と声音が優しく、本当に問題無いのだと実感する。

 良かった。彼女が嫌がる結果にならなくて本当に良かった。


「ねえリーディッド、明日はどうするの?」

「そうですねぇ。明日は街にでも出ましょうか。お土産を買わないといけませんし」

「俺はどうしたら良いんだ? さっきの護衛の話を考えると、ここで待機か?」

「もう気にする必要も無いでしょうし、この場に居る人間で向かいましょう。リズも来なさい」

「畏まりました」


 そして明日はお土産を決める日になったらしいので、気合を入れなければいけない。

 未だに何も答えが出ていないけど、明日は一生懸命良い物を探そう。

 ふんすと気合を入れてその日を終え、翌朝は部屋で食事をとった。


「美味しい・・・」

『昨日と違い顔が溶けているな・・・まあ、致し方ないか』


 のんびり食べられて美味しさを満喫し、それから服を着替える事に。

 と言っても最近着ていたひらひらじゃなくて、普段着ているタイプの紅いドレスを。

 街に出ても不自然の無い服で、という事らしい。


「まあドレスの時点で良い所のお嬢様、とは思われるでしょうけどね」


 そう言ったリーディッドさんは、仕事の時の格好になっていた。

 ガンさんとキャスさんは何時も通りで、リズさんが珍しく私服になっている。

 ただ使用人服ではなくなっただけで、似た様な雰囲気の服だ。


 みんなの恰好を見てから自分を見ると、私だけ大分目立つ気がした。

 私はこれが普段着になっているけど、本当にこの格好で良いのかなと。


「さて、じゃあ行きましょうか」


 けどそんな疑問を口にする前に、リーディッドさんが出発を口にした。

 なので素直に従って部屋を出ると―――――――。


「お姉さま! それがお姉さまの仕事着なのですね! グロリア様も昨日のドレス姿は可愛らしかったですけど、今の方が凛々しくて素敵です!」


 エシャルネさんが、昨日とは大分違うシンプルな服を着て立っていた。


『これは付いて来る、という事だろうな。本人の意思は大いにあるのだろうが、どうにも両親の意図が在るようにしか思えん。狙いは見え見えだが、グロリアには効果が有るだろう。全く腹立たしい。一番の問題は・・・この娘がそれらを理解しているかだな』

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