第58話、貴族
街を出発しての数日間、特に何事も無く平和な道行きだったと思う。
魔獣が出てくる事は一度も無く、誰も危ない目に合わなかったし。
それと道中は野宿だと思っていたら、毎日ベッドで寝られた事に驚いた。
宿場町という所があって、そこで宿に泊まって寝る事が出来たからだ。
普段は商人さんや、傭兵ギルドの職員さんとかが使うらしい。
旅人が使う事も無い訳じゃないけれど、基本的にはそのどちらかだとか。
「あの街に観光に来る物好きは滅多に居ませんからね。碌な鉱物資源も作物も無い土地に来る理由なんか有りませんから。在るのは魔獣と山と魔獣と田舎者ですし。だから魔獣溢れの際に一番良い所を求めに来る商人とか、良い所を格安で譲って欲しいとギルド職員が来るだけです」
と、リーディッドさんが言っていた。
魔獣を二回も言ったのは『それぐらい多い』という事らしい。
他の街に比べると、あの街の周辺は『魔獣だらけ』と言われる程だと。
でも言うほど多いとは思わないんだけどな。森にさえ入らなければそんなに居ないし。
街中に出て来るのは小型の魔獣ばかりだし、外でも大きいのは余り居ない。
居ても大体は犬の魔獣より小さいから、やっぱりそこまで多くは無い様な。
勿論偶に大きいのが出て来るから、危なくないとは言えないけど。
街の暮らしをそこそこ続けたおかげで、その辺りの常識は備わって来ている。
特に子供達の場合は小型魔獣でも危ない。虫の魔獣に吹き飛ばされていたし。
私が居ない間、無茶してないと良いけど。一人無茶する子が居るんだよね。
グロリアに守られたままで堪るかよ! って言って突撃して行く子が。
皆は「勝手にやらせとけばいいんだよ」って言うけど、何時も心配になる。
ガライドは『あの男の子は何時も可愛いな』と気に入ってるようだけど。
「お、見えて来たね。グロリアちゃん、ホラホラ、大きい街だよー。街っていうか要塞みたいだけど。凄いねあれ。あんなにごっつい壁を作る意味在るのかな」
友達の心配をしていると、キャスさんに声をかけられ同じ方向に目を向ける。
前を見れる小さな窓に、大きな壁が映っていた。とても、とても大きな壁が。
そしてその壁を超える大きな建物がある。
「グロリアちゃん、お城見るのは初めてだよね?」
「お城・・・はい、初めて、です」
『この世界では初めて見るレベルの大型建造物だな・・・ふむ、アレはコンクリートか。思ったよりも質の良い物が作られているな。なんというか、技術のバランスがちぐはぐだな』
あれが、お城。事前に大きいとは聞いていたけど、あんなに大きいと思わなかった。
領主館でも大きいと思っていたのに、あんなに大きいと中で迷子になりそうだ。
ガライドは素材や技術の事が気になったみたいだけど、私には良く解らない。
「あー、胸糞悪いですねぇ。まるで自分が本当の国の主だとでも言わんばかりの、クソみたいな権力の象徴の城とか、見てるだけで吐き気がしますよ。いきなり全部崩れませんかね」
ただ私がその大きさにほえーっと驚いていると、背後から低い声音でそう言われた。
驚いて後ろを見ると、リーディッドさんが見た事無い嫌そうな顔をしている。
「・・・失礼。余りに気分が悪く口が滑りました。お気になさらず」
「え、あ、はい・・・」
『どうやらリーディッドは余り良い感情が無いようだな。解ってはいたが』
リーディッドさん、お城嫌いなのかな。何か嫌な思いが有るんだろうか。
権力って、偉い人の力の事だから、嫌いな偉い人が居るって事かも。
大丈夫なのかな、そんな人が居る様な所に向かって。危なくないのかな。
「もー、リーディッド、グロリアちゃんが不安そうな顔になっちゃったじゃない。大丈夫大丈夫。リーディッドは自分も貴族のくせに、貴族の事が嫌いなだけだからねー」
「因みに兄貴の事を毛嫌いしてるのは、そんな自分を頭首に据えようとしてるから、大げんかして家を出たって感じだな。別に頭首になったって問題無いだろうに」
「大ありです。定期的に王都に行かなきゃいけないんですよ。絶対にお断りです。貴方達はあの女達の詰まらない諍いを知らないから、そんな適当な事が言えるんですよ。全く面倒臭い」
『やはりそうか。この一件も、全てリーディッドの手柄にするつもりだろうな、あの男は』
リーディッドさんがあの家の頭首。つまり領主さんになるって事だろうか。
あれ、じゃあその場合、領主さんは何になるんだろう?
なんて少し悩んでいると、ずっと黙っていたリズさんが私を見て口を開くのが目に入った。
「使用人一同としては、旦那様が後継ぎも作らず、リーディッドお嬢様も帰って来ず、という事態が一番恐れる事です。なので私どもは皆、グロリアお嬢様に感謝しております」
「え、わ、わたし、ですか?」
何でその話から、突然私が関係するんだろう。私は何もした覚えがないのに。
「グロリアお嬢様のおかげでリーディッドお嬢様がお帰りになられました。家の無様とも言える事ですから、口にする事は憚られていたのですが・・・リーディッドお嬢様が口にされたのであれば、良い機会と思い告げさせて頂きました。本当にありがとうございます」
「え、えと・・・どう、いたし、まして?」
お礼を言われてしまったので、困惑しつつも受け取る言葉を返した。
返したものの。やっぱりよく解らず首を傾げてしまう。
「ただ勘違いしないで頂きたいのですが、皆がグロリアお嬢様自身を好いている事も事実です。たとえリーディッドお嬢様の事が無くとも、お嬢様を嫌う者など屋敷には居りません」
「それは・・・その、ありがとう、ござい、ます」
自分が良くして貰っている、という事はちゃんと理解しているつもりだ。
美味しい物を食べさせて貰えて、暖かいお部屋で寝かせて貰える。
私を見る目が優しくて、私に触る手が優しくて、あの街に来てから毎日が幸せだ。
だから私としては、感謝するのは私の方じゃないかな、という気がした。
「グロリアちゃん可愛くていい子だもんねー。私もだーいすき!」
「まあグロリアさんを嫌う人間は、グロリアさんに嫉妬する人間か、グロリアさんの存在を都合が悪いと思う人間ぐらいでしょうね。普通に接する分には聞き分けの良い子供ですから」
「むしろ良すぎると思うけどなぁ。俺の記憶だと、この二人はもっと我が儘なガキだったぞ」
「「何ですって?」」
「すみません。何も言ってません。二人共幼い頃から利口でした」
『・・・ガンは子供の頃から二人に振り回されていたんだろうな』
子供の頃の三人か。きっとその頃でも、ガンさんは優しい人だったんだろうな。
ただ二人が我が儘な子供、というのはちょっと想像が難しい。
「さて、着きましたか。かったるいですが、お貴族様してきますかね」
三人の子供時代を想像していると車が止まり、リーディッドさんが面倒臭そうに漏らす。
けれど外に居る兵士さんが扉を開くと、すっと穏やかな笑顔に変わった。
「リーディッドお嬢様、お手をどうぞ」
「ええ、ありがとう。グロリアさん、直ぐに戻りますので、少々お待ち下さいね」
「は、はい、わかり、ました」
兵士さんに手を引かれて車を降りる彼女は、穏やかな笑顔だけど何処か怖かった。
『・・・兄妹だな。そっくりな笑顔だった。言ったら怒るだろうがな』




