第36話、侵入箇所
「さぁて、気合入れねえとな」
「今日は流石に気を抜く暇はなさそうですねぇ」
「まー適度に行こうよ適度に。ねーグロリアちゃん」
「はい・・・」
森に向かう道を歩きながら、キャスさんの言葉に頷く。
先日ガンさんに頼まれた森への同行。私はそれに頷いてしまった。
・・・正直に言うと、頷いた時の事は良く覚えていない。
ガンさんが何を思って同行を頼んだのか、その理由をガライドに伝えられた。
そしてリーディッドさんとキャスさんも同じ様な理由で付いて来るつもりだと。
嬉しいと思ったのは間違いない。私を心配してくれての事なのだから。
その気持ちが強過ぎたのか、何時の間にか了承していたらしい。
頷いた覚えは全くないけど頷いたそうだ。本当に全然覚えてない。
ただ領主館に帰った後で、リーディッドさんが私に謝って来た。
「すみませんね、グロリアさん。あの馬鹿の我が儘に付き合わせて。でもほおって置くと貴女の後ろをこっそり付けそうなんですよ。そんな事をされるぐらいなら、堂々と付いて行く方が迷惑をかけないかと思いまして。暫く三人でご迷惑をおかけします」
確かにこっそりついて来られたら、彼が危ない時に近くに居られないかもしれない。
そもそも逸れたらどうしようもない。それなら確かに一緒にいる方が安全だ。
一応ガライドが『戦闘になれば見つけられる』とは言ってたけれど。
でもそれは、不意打ちを受けたら終わりじゃないだろうか。
魔獣の接近に気が付いていれば良いけど、気が付けなかったら戦う事も出来ない。
私はガライドが居るから遠くの魔獣も解るし、そうでなくても何となく気配を感じる。
でもガンさんはそうじゃない。害獣退治の時は大変そうだった。
倒す事自体には苦労してなかったけど、索敵は出来ていなかったと思う。
むしろ見つけるのは殆どキャスさんとリーディッドさんだった。
「あれ、グロリア、どこ行くんだ?」
「森、ですよ?」
なんて色々思い出しながら歩いていると、ガンさんが不思議な事を聞いてきた。
一緒に行こうと言ったのは彼なのに、何で向かう先を訊ねるんだろう。
彼が不思議そうに首を傾げて私を見つめ、けれど私も同じ様に首を傾げてしまった。
お互いに困った表情になり、少しの時間見つめあう事に。
「――――っく、ガンが馬鹿過ぎる」
「――――これは、笑っていい所、ですよね」
「え、なに、何で二人共笑ってんの? 俺か? 俺なのか?」
「?」
するとそんな私達を見て、キャスさんとリーディッドさんが震えながら笑い出した。
笑われているのはガンさんらしいけど、何で笑っているのかも解らない。
私とガンさんはまた困った顔を見合わせ、すると二人は堪えられないとばかりに更に笑う。
「あー・・・お腹痛い。ガン、止めてよ、働く前から疲れさせるのとか」
「まさかこんな罠にかけられるとは。流石この男は一筋縄ではいきませんね」
「いや、罠も何も、俺何で笑われてるのか解ってないんだが」
私も解ってないのでガンさんと同類だと思う。
「普通に考えれば解るじゃん。グロリアちゃん森に行くのに砦通って無いんだって」
「そうですよ。なのに貴方がどこに行くんだ、なんて聞くから彼女は首を傾げたんですよ」
「・・・あー・・・そう、そういう事」
「ガンってば何時気が付くかと思ったら、ぜんっぜん気が付かないんだもん」
「本気で不思議そうにグロリアさんと見つめあうのが、本当に馬鹿馬鹿しくて最高でした」
「・・・楽しんで頂けたなら何よりだよ」
楽しそうな二人に対し、ガンさんは項垂れながら溜息を吐く。
砦って、あの大きな壁の事だよね。仕事で警備をした所。
『グロリア、ガンは何処から森に行くのかと聞いていたんだ』
「どこ、から・・・そっか」
どうやらガンさんは森に行くのに砦を通るつもりだったらしい。
けれど私が一人で森に行く時は砦を通らない。そのまま森に入れる所へ向かう。
だからお互い言ってる事の意味が解らず、二人して首を傾げてしまった様だ。
「せっかく気合入れてたのに、気が抜けちゃったよ」
「早速やらかしてくれましたねこの男」
「・・・すみませんねぇ、そんな事も気が付ない間抜けで」
「ご、ごめん、なさい。私も、解ら、なくて」
「グロリアちゃんが謝る必要なんてないよー。気にしない気にしない」
「そうそう。ガンの間が抜けてるのが原因ですから」
「・・・反論出来ねぇ」
落ち込むガンさんにオロオロと謝るも、気にするなと言われてしまった。
キャスさんに抱きしめられながら歩を勧め、後方に項垂れたガンさんが付いて来る。
ただそこでふと気が付いた。何時もの雰囲気に戻っていると。
『意図して、ではないのだろうが・・・だからこそ三人で組んでいるのかもしれんな』
ガライドもそう思ったらしく、穏やかな声音でそう言っていた。
私も少し肩の力を抜き、のんびりと歩いて行く。今日は本当にのんびりと。
何時もなら一人だから走って行くし、あっという間に森に辿り着く。
けれど今それをやるのはもったいなくて、ゆったりした気分を崩したくなかった。
そうして四人で何時も通り進み、森への入り口に到着する。
「・・・グロリア、こっから入んの?」
「はい、ここから、です」
「・・・マジかぁ」
もうガンさんの前には森がある。正確には魔獣の森に入る為の壁がある。
初めて会った時ほどの高さじゃないけれど、これも崖と言って良いのかな。
「誰もグロリアさんが何処から入っているのか知らないと思ったら、こんな所からでしたか」
「魔獣の森へ道の繋がってない森の奥の崖から登って、とか普通思わないよねぇ」
『そう思ったから選んだのだがな』
リーディッドさんとキャスさんの呟きに、聞こえていないだろうけどガライドが応える。
実際ここを選んだのは私じゃない。ガライドの提案だ。
あの砦は魔獣が出てきた際、あそこで迎え討てる様に計算されているらしい。
森の入口で出口。魔獣が出て来る所。ならそこから私が入って行くのは不味いと言われた。
魔獣が出て来る場所を変える可能性が有り、それは街に迷惑がかかると。
私は魔獣を食べないと駄目だけど、周りに迷惑をかけたくはない。
そこで街に影響を出ない様に、ガライドが森へ入る場所を幾つか選んでくれた。
だから毎回同じ所から入る訳じゃない。次に森に入る時はまた別の所から入ると思う。
『追い込み漁でもしている気分だな』
周囲の地形を調べる為に走り回った日、ガライドがそんな事を呟いていた。
内容を説明されて「私が狩ってるから違うんじゃないかな?」と思ったけど。
狙った所に動かすという意味では同じと言われ、そうなのかと納得する事にしている。
「グロリアはこれどうやって登んの?」
「私、ですか? えっと、ガライド、お願い、します」
『任された』
ガンさんに登り方を訊ねられ、ぐっと手足に力を入れる。
すると視界にガライドの手がいっぱい出て、足場になりそうな所を指さしてくれる。
そしてガライドの指示を聞きながら、そこに向けて飛ぶ。
足を引っかけ、指を引っ掛け、崖のでこぼこを使って跳ねて登っていく。
この辺りの土は頑丈らしく、少しぐらい蹴っても余り崩れないから上り易い。
数度撥ね飛ぶと崖の上に手が届き、そのままぐっと腕を引いて登りきった。
「・・・マジかぁ」
「いやぁ、流石ですね。ほらガン、付いて行くんでしょう。ロープ持って」
「私達はガンが上ってから行くから。よろしくねー」
下を見るとガンさんが壁に手をかけ、ロープを肩にかけて登り始めていた。
どうやら二人はガンさんが登った後、あのロープを使って上るつもりらしい。
それなら私が預かればよかった。降りて取りに行こうかな。
『グロリア、ガンは今男を見せている。余計な手を出すのは失礼だ。良いな?』
「・・・わかり、ました」
ガンさんが男の人なのは知ってるけど・・・今手を出すのは失礼なのか。
良く解らないけど頷き返し、座って彼が上るのを待つ事にした。
ただガライドは注意を口にしたけど、なんだか声音が楽しそうに聞こえる。
「ほらほら、ガーン。その横に手が引っかかるよー。よく見てよー」
「いつまで休んでるんですかー。その調子じゃ上るだけで日が暮れますよー」
「はぁ、はぁ・・・好き勝手・・・言いやがって・・・! くのっ・・・!」
・・・本当に手を出さない方が良いのかな。ガンさん真ん中で息上がってるんだけど。




