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第29話、手加減

「さて、では対人戦の訓練をしましょう。と言っても、人相手に加減する訓練ですが」

『やはりそうか』

「人に・・・加減・・・?」


 庭の一角に到着すると、リーディッドさんがそう言って来た。

 彼女の隣には、お屋敷の警備をしている兵士さんが立っている。

 そして首を傾げる私に対し、彼女は更に続けた。


「グロリアさん。貴女は強い。間違いなく強い。ですが相手を殺さない加減、という物を知らないんじゃないでしょうか。何時だって殺す気で殴っていたのでは?」

「・・・それは、そう、かも、しれません」


 人間相手の時は必死に生きる為に。魔獣相手の時は食らう為に。

 その為に戦って、だから倒せるだけの力を込めて殴っていたと思う。

 相手の生死を考えていた事は無い。むしろ言われたとおり、殺す気だったと思う。


「ですがグロリアさんの事が国に知れたら、きっと貴方に挑む馬鹿も現れる。それらを全て殺してしまっては、グロリアさんの不利になるかもしれない。という訳で手加減を覚えましょう」

「手加減、ですか・・・」


 そう言えばお仕事中に、そんな事を聞かれた気がする。


「貴女がこの国で、街で、人の世で暮らす為に、必要な技術です。そう思って下さい」

「街、で・・・」

『確かにそうだな。私もうっかりしていた。対変異獣用の兵器が故の失念だ。人間相手との戦闘を考えていなかった。彼女の言う事は正しいと思う』


 国と言われてもあまり実感がない。人の世というのも何だか大きい。

 けれどこの街で暮らす為に必要なら、それは頑張って覚えよう。

 ガライドも納得している様だし、ちゃんと出来る様にならなきゃ。


「という訳で、この盾を殴って下さい。まずは軽くでお願いしますね」

「え・・・兵士さんの、です、か?」

「はい、この兵士さんの盾にです」

「・・・わかり、ました」


 少し悩みながら頷いて体を向けると、兵士さんはニコッと笑い盾を構えた。

 私に攻撃する気の無い、優し雰囲気の兵士さん。

 そんな人を殴るのは凄く気が引ける。けどやらなきゃいけないらしい。


「・・・いき、ます、ね?」

「はい、どうぞ、グロリア様」


 兵士さんの返事を聞いて拳を軽く握り、けれど力を入れずに軽く殴る。

 すると盾から「カンッ」と音が響いた。

 それ以上の様子は無い。手加減は、出来た、のかな?


「グロリアさん、駄目です。威力が無さ過ぎます」

「え・・・で、でも、手加減、を・・・」

「手加減と力を入れないのは別です。貴女が覚えるべきは、相手を殺さない、けれど威力のある攻撃です。そうですね・・・まずはこう、盾に手を添えて頂けますか」

「こう、ですか?」

「そう、そして・・・そうですね、彼を壁の端まで飛ばす感じで押して下さい」


 言われる通り盾に手を添え、ぐっと力を入れて押し出す。

 地面を踏み込み、体を捩じり、腕を突き出して。


「ぐっ!」


 すると小さな呻き声と共に兵士さんが吹き飛び、壁に叩き付けられてしまった。

 どう考えても加減を間違えた。その事にやってしまったと固まる。

 どうしよう。失敗した。失敗してしまった。


「うーん、流石に一度じゃ無理でしたか。大丈夫ですかー?」

「いつつ・・・ええ、なんとか。いやー・・・凄いですね。あんなに飛んだのは初めてですよ」

「大概の人が初めてだと思いますよ。まだいけますか?」

「ええ、ただ壁の修理費は宜しくお願いしますね」

「はい、それは、あに・・・領主様に言っておきます」

「あははっ、リーディッド様は頑なですねぇ。ではグロリア様、もう一度頑張りましょうか」


 けれど二人共一切怒る様子無く、それどころか兵士さんはまた笑顔で盾を構えた。

 私はその様子に困惑しながら、恐る恐るリーディッドさんに向けて口を開く。


「・・・あの・・・怒らないん、です、か?」

「一度や二度の失敗で怒りやしませんよ。そもそも出来ないから出来る様になろうって訓練ですよ? 失敗は最初から大前提です。ほら、そんなこと気にしてないで、次行きますよ」

「わ、わかり、ました・・・」


 リーディッドさんに手を取らて、また盾に手を添える。

 そして言われた通り、けれどさっきより力を抜いて手を突き出す。

 すると今度はふわっと軽く浮いて、少しだけ後ろに落ちた。


「今度は力を落としすぎですね。壁に当てない、けれど壁近くまで飛ばして下さい」

「は、はい、わかり、ました」


 一度押し出すたびに、リーディッドさんが注意を入れる。

 けれどその注意は叱る訳ではなく、怒る訳でもない。

 ただ次は上手くやる為に、こうしたら良いという言葉。

 それに従って何度かやるうちに、少しずつ加減が解って来た。


「いき、ます」

「はい、どうぞ」


 兵士さんの返事と共に、腕に力を籠める。

 地面を軽く踏みしめ、体を捻りながら腕を突き出す。

 ただし最初とは違い、ちゃんと壁の手前で落ちる様に。


「おお、出来ましたね。意外と早かったですね。正直もっとかかると思ってました」

「ええ。グロリア様は呑み込みが早いようですね」


 そう、なんだろうか。そんな事は初めて言われた。

 たいてい首輪が発動する時は、物覚えが悪いと言われていたから。

 そう考えると、単純に二人が気を遣ってくれてるだけかもしれない。


「では次に行きましょう。そうですね、今度は同じ事を、殴ってやって下さい」

「殴って、です、か」

「ええ。押し込むのと殴るのでは、また勝手が違いますからね」

『そうだな。殴る場合は衝撃が入るのは盾にだ。その場合、持ち手にベクトルを伝える様に押し出していた先程までとは、まるで違う結果になるだろうな』


 べくとる、というのが解らないけれど、そういう事らしい。

 取り敢えず挑戦してみよう。きっとまた一回目は失敗するんだろう。

 けれど殴る場合の失敗は、きっと先より大変な事になる。

 もっと慎重に、力の加減を考えて、気を付けて殴らないと。


「いき、ます」


 ぐっと拳に力を入れ、けれど入れ過ぎない様に気を付ける。

 そして軽く、出来るだけ軽く、盾を殴りつけた。

 すると『ガァン』と大きな音がして、兵士さんが軽く後ろに飛んでいく。

 ただそれは少しふわっと浮いた程度だ。力を抜き過ぎただろうか。


「いつつ・・・これは中々、腕が痺れますね」

「うわぁ、盾が凄いへこみ方してますね。そうか、グロリアさん殴るのが上手いんですね」

「ええ、動きに無駄がない。殆ど衝撃が盾に響いています。この感じだと、壁に吹き飛ばす威力だったら盾が粉砕してますね。腕も折れていたかもしれません」

「うーん、そうなるとどうしましょうか。殴る加減を覚える方法って何かあります?」

「訓練用の木剣や木槍が有るので、それを折らない程度に、へこませる程度の威力で殴るとか」

「いいですね。それ採用しましょう。けが人も出ないでしょうし」

「出来る様になったら、私が振る剣に合わせましょう」


 どうやら私の心配とは違い、威力が高かったらしい。

 やる前に言われた通り、殴るのと押すのでは大分勝手が違うみたいだ。

 という所でリズさんがやって来て、今日の訓練は終わりになった。


『加減か・・・こちらで出力を落とす事も出来なくはないが・・・それでは彼女の為にならんだろうな。私はあくまで補助道具だ。使いこなすのはグロリアの役目。今は、見守ろう』

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