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代役レスラー

作者: 冨井春義

 昼前にトレーニングを終えた柴田はジムの受付で今月分の会費を支払った。午前のみの割安料金とはいえ、この半年ほど仕事が無かった柴田にとって痛い出費である。

 フリーのプロレスラーである柴田は昨年末の帝國プロレスの興行で、誤ってエースのヘラクレス茂木に全治3ヶ月の重傷を負わせてしまったため、試合を干されていたのだ。


 妻に先立たれた柴田は大学受験を控えた一人息子の進の学費に頭を痛めながら、夜間の警備の仕事でなんとか食いつないでいたのである。そんな柴田に電話があった。

「柴田、試合をやらないか?サマーシリーズファイナルのメインでサムソン寺井とのタイトル戦だ。ファイトマネーは弾むぜ」

 電話の主は帝國プロレスのライバル団体、日新プロレスのマネージャー新堂だった。

「日新さんのメインということは、俺はキラーマシーンZですか?」

「いや今回はデスクリムゾンで頼む。急に奴が負傷欠場するって連絡が入って困っているんだ」


 父親がアメリカ人で白人の肌と巨体を持つ柴田は、外国人覆面レスラーの代役が主な仕事だ。柴田はそれぞれのレスラーのスタイルを演じ分けることができるのだ。


「それでな、寺井はフィニッシュをツイスタードロップで決めたいって言うんだよ。受けられるスーパーヘビー級は日本じゃお前くらいしかいないだろ」

 ツイスタードロップは寺井が年に一、二度のビッグマッチでしか見せない大技だ。

 トップロープからのブレーンバスターで錐もみ状に回転落下する危険技で、よほど受け身が上手い相手でなければ使うことが出来ないのだ。

「頼むわ、危険手当も加算するからさ。息子さん来年は受験で物入りなんだろ」


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「父さんな、また試合することになった。国技館でサムソン寺井とタイトルマッチだ」

 食卓テーブルで勉強中だった進が顔を上げた。

「タイトルマッチっていってもまた代役なんだろ?父さんも歳なんだから無理すんなよ」

 進は父親が自分の学費のために無理をしていることを気にしていた。柴田は進に言った。

「進、俺はプロだぞ。世界一の代役レスラーだ。本物以上にいいレスリングを見せてやる」

「サムソン寺井って強いの?」

「ああ、強いとも。世界チャンピオンだからな」

 進は拳を握り柴田に向かって突き出した。

「勝てよ、父さん」

 柴田はその拳に自分の拳をぶつけて応えた。

「ああ、勝つともさ」


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 深紅のコスチュームとマスクのデスクリムゾンに扮した柴田と、チャンピオンのサムソン寺井がそれぞれのコーナーに姿を現した。

 チャンピオンの寺井がベルトを返還し、花束贈呈などのセレモニーの最中に柴田が突然花束で寺井を殴りつけたあたりで開始ゴングが鳴る。ここから20分ほどの間は、ラフファイト転じてクリーンでテクニカルなレスリングを見せるのがデスクリムゾンのスタイルだ。美しい技の応酬は満場の観客を魅了した。


(柴田、そろそろフィニッシュにいくぞ)

 予定の時間が経過し、首を取りに来た寺井が柴田の耳元で言った。ここからが今日の試合の最大の見せ場になる。柴田が寺井をボディスラムでマットに叩きつけ、観客にアピールしながらゆっくりとコーナーポストに登る。ここでダメージから復活した寺井が追いかけるようにコーナーに登り、柴田の首を抱え込んだ。そのままブレーンバスターの態勢で柴田を持ちあげると、大きく錐もみ状に回転しながらマットにダイビングする。


 危険なダイビングであるが、柴田は完璧な受け身を取った。受け身こそがプロレスラー最高のスキルと言ってよい。受け身が出来る相手だからこそ、レスラーは思い切った大技が掛けられるのだ。

 柴田はそのままリングに仰向けになりダメージから抜け出せない芝居をする。しかしどうしたことだろう?マットにうずくまった寺井が一向にフォールに来ないのだ。


(どうした寺井?早くフォールしないと間が持たないぞ!)

 しかし寺井は苦悶の表情をしてうずくまったままだ。

(マズいな・・・寺井は負傷しているようだ。しかしこのままじゃ終われないぞ)

 柴田も苦しそうな表情を作りながらも上体を起こすと、うずくまっている寺井に飛び掛かりその首を両手で絞めた。制止しようとするレフェリーにパンチを食らわせると、ゴングが打ち鳴らされデスクリムゾンの反則負けで試合は終了した。


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「柴田、寺井は脳震盪を起こしていたが、処置が早く大事に至らなかった。お前の素早い判断のおかげだ。お前は本当に一流だよ。またこれからも頼むぜ」

 マネージャーの新堂は労いの言葉を柴田にかけた。


 私服に着替えて国技館の裏口から外に出ると、進が出迎えていた。進は柴田に拳を見せて問いかけた。

「勝ったかい?」


 柴田は微笑みを浮かべると拳を高く上げて応えた。

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