83 おまけ その1(舞踏会での続き2)
本日二回目の投稿です。
かつて婚約者だったハルトヴィヒとリゼの登場に、場内にざわめきが広がった。
注目される事は分かっていたが、久しぶりの公の場と貴族達の視線、そして苦手でしかも五年ぶりのダンスにリゼの身体が強張る。
「大丈夫…次はゆっくりな曲だから」
ハルトヴィヒはリゼを抱き寄せた。
「この曲ならば君も踊れるだろう」
少ないステップで踊るこの曲は、リゼが唯一もたつかずに踊れる曲だった。
「ああ、懐かしいね、こうやって踊るのは」
リゼをリードしながらハルトヴィヒが言った。
「…そうですわね」
「五年ぶりとは思えないな」
「殿下こそ…」
「身体が覚えているのかな」
目を細めたハルトヴィヒに見つめられ、リゼは思わず視線を逸らせた。
「アンネリーゼ…君の所に婚姻の申し込みは何件来ている?」
リゼの耳元で囁くようにハルトヴィヒは尋ねた。
「…知りませんわ。私は見ていませんもの」
「見ていない?」
「父に全てお断りするよう伝えていますから」
リゼが戻ったという噂を聞きつけて、公爵家には婚姻の申し込みの書状が毎日のように届いていると聞いている。
けれど今はまだそういう事は考えたくないと、全て断るよう頼んだのだ。
親が婚姻相手を決めるのが常識であるこの貴族社会でそれは本来ならば許される事ではないが、娘に引け目のある公爵はリゼの要求を飲んだのだ。
「そう…じゃあ」
少し思案して、ハルトヴィヒは再びリゼの耳元に口を寄せた。
「私が申し込んでも断られてしまうのかな」
「———私、浮気をされるのはもうこりごりなんですの」
「…だから結婚はしないと?」
「少なくとも同じ相手に裏切られるのは絶対に嫌ですわ」
確かにあの頃のリゼの態度にも問題はあったけれど———そもそもの原因はハルトヴィヒの心変わりだ。
魔女に魅了されたせいとはいえ、ハルトヴィヒが他の女に心を移した事実は消えない。
そしてリゼが心に受けた傷も。
本当に———呪いが消えると共に消えてしまえば良かったのに。
あの過去の出来事も…まだ心に残るこの感情も。
背中に感じる彼の手も、声も、匂いも。
修道院での厳しい務めを経ても…五年間貴族社会から離れていても。
忘れる事は出来なかった。
何度懐かしいと…恋しいと思っただろう。
裏切られた相手にまだ心を残してしまうなんて、ただ辛いだけなのに。
だからハルトヴィヒとの復縁は望んでいなかった。
もう一度彼に裏切られたら…今度はどれだけ傷つくのだろう。
それが怖いのだ。
「私が君にした事は許される事ではない。それは分かっている…それでも、私は君がいいんだ」
ぐ、と背中の手に力がこもる。
「私が愛しているのは君だけだ。生涯君だけを愛すると女神に誓う。…それでも駄目か?」
「———人の心は変わりますわ」
「初めて会った時から…私はずっと、君だけだ」
分かっている。
魔女が現れる前、ハルトヴィヒは心からリゼを愛してくれていた。
心変わりも呪いのせいだ。
決してハルトヴィヒのせいではない。
分かってはいるのだ。
「私といる事で君が過去に苦しめられてしまう事も分かっている…それでも私は君と共にいたい。頼む、もう一度やり直す機会を与えてはくれないだろうか」
「…一度だけですわ」
リゼは答えた。
「二度目はありませんわ」
「ああ、分かっている」
「次に心変わりしたら…私はまた修道院へ入ります」
「そんな事はさせないと約束する」
ハルトヴィヒはリゼを抱きしめた。
途端に遠くから悲鳴のような歓声が上がるのが聞こえた。
「絶対に、二度と君を裏切らない」
「…絶対ですわ」
「ああ。必ずだ」
そこまで言うのなら、もう一度くらい信じてみよう。
リゼはそっと手を伸ばすとハルトヴィヒを抱きしめ返した。
おまけ1 おわり
割り切れないのが人生。
もう1話、別のおまけ話を。




