80 舞踏会
社交シーズンの始まりを告げる王宮での舞踏会は最も華やかなものとされているが、今年は特に人々の興奮と喜びに満ち賑わっていた。
五年前の魔女による騒動で国にもたらされた災厄。
その原因となった邪神が倒されたというのだ。
それを証明するように、国中を脅かしていた魔物の数が見る間に減っていった。
いなくなった訳ではないが、魔女の現れる以前、人間と魔物の棲み分けがされていた頃までには戻っていると思われた。
邪神を倒したのは光魔法を持ち、王太子となった第二王子のアルフォンス。
そして女神に力を与えられ『空の乙女』と女神の神託で呼ばれた少女の二人だという。
その二人の婚約が今日の舞踏会で発表されると周知されており、今年は国中の貴族がこの王宮へ集まっていた。
「まあ…あれはアンネリーゼ様ではなくて?」
既に多くの人々で賑わう大広間。
一人の夫人が側にいた友人に囁いた。
「まあ、そうだわ。噂は本当だったのね」
二人の視線の先にはトラウトナー公爵夫妻と共にいる一人の女性がいた。
それはかつて王太子であった第一王子ハルトヴィヒの元婚約者であり、魔女に魅了された王子や実の兄によって貴族社会から追放された令嬢アンネリーゼだった。
追放後、教会に身を寄せシスターとなっていたアンネリーゼの消息を知った公爵が、娘を家に呼び戻したという噂が流れていた。
もしもアンネリーゼが社交界に戻るならば今日の舞踏会であろうとされており、それを確認するのも貴族達の今日の目的の一つでもあったのだ。
「まあ…アンネリーゼ様、更にお綺麗になられて…」
「本当に。すっかり大人びて…」
青いドレスに身を包み、凛とした佇まいを見せるアンネリーゼに夫人達はため息をついた。
アンネリーゼは今回の邪神討伐に大きな貢献をしたという。
その褒美として、魔女に魅了され失脚した兄に代わり公爵家の嫡嗣となるらしいとも噂されていた。
そうなれば問題はアンネリーゼの婚姻相手が誰になるかである。
女公爵の夫となるか、あるいはトラウトナー公爵の爵位を得るのか。
どちらにせよ、大きな地位と財産を得る事となる。
そんなアンネリーゼや父親の公爵に接触しようと多くの貴族達が集まっていた。
やがて王家の入場を告げる声が響き渡った。
ハルトヴィヒとアルフォンス、そして最後に国王夫妻が現れ着席すると、楽団による演奏が始まった。
シーズン最初の舞踏会は、社交界にデビューする者達のお披露目の場である。
入り口から若者達が列になって入場してきた。
デビューする男子は黒のテイルコート、女子は白いドレスを着用するのが決まりである。
今年のデビューは男女合わせて三十名。
その中で特に注目を集めているのは最後に入ってきた少女だった。
淡い金色の髪を結い上げた髪には真珠のティアラが輝いている。
緊張しているのか、伏し目がちの睫毛の下から覗く珍しい水色の瞳が印象的な、美しい少女だ。
デビューする女子は宝飾品も真珠のみと決められている。
ただし婚約者がいる場合は、相手から贈られた指輪を付けても良いとされている。
既に決まった相手がいる事を明らかにする事で、社交界に不慣れな女子を邪な手から守る意味もあるのだ。
少女の指に光るのは赤い石だ。
近くでよく見ればそれが薔薇を模したものと分かるだろう。
この国で、王家の象徴である赤い薔薇を公の場で身につけられるのは王族やそれに準ずる者のみだ。
入場した若者達は一人ずつ名を呼ばれ、壇上の国王夫妻の前まで進み出て言葉を掛けられる。
そうして初めて社交界の一員と認められるのだ。
「———ヴィルヘルミーナ・フォルマー!」
最後の少女の名が呼ばれた。
階段を上がり、国王夫妻の前に立つとミナはドレスの裾をつまみ深く膝を折った。
「ヴィルヘルミーナ。今日の日を迎える事が出来て嬉しく思っている」
国王が告げた。
「よく頑張った」
「———はい」
頭を下げて答えたミナに目を細めると国王は立ち上がり、前へと進み出た。
そしてミナに頭を上げるよう促すと自分の隣へ立たせた。
「皆の者!」
王の声が大広間に響き渡った。
「既に知っているであろう。ここにいるヴィルヘルミーナ、そして我が息子アルフォンス。二人により我が王国が邪神の手からようやく解放された事を」
わあっと歓声が上がった。
「もちろん二人だけではない。多くの者達の努力と犠牲の上にもたらされた勝利だ。皆にも長く苦労をかけた…王として詫びよう」
国王の言葉に歓声はあっという間に消えた。
ここにいる貴族達は皆被害を受けている。
領地や領民達であったり、あるいは彼らの家族もだ。
この五年の間にどれだけのものを失っただろう。
「だが女神の力を受け継ぐこの二人がいる。彼らは未来の国王、王妃として長くこの国に平和をもたらすであろう。どうか皆も彼らを支え、我が国の発展と平和の為に協力して欲しい」
再び歓声が上がった。
「ミナ」
大勢の貴族達がこちらを見上げながら興奮した様子に気押されしているミナに、隣へ立ったアルフォンスが声をかけた。
「手を」
差し出された手を取ると、アルフォンスはそれを高く掲げた。
「王太子万歳!」
「ブルーメンタール王国万歳!」
貴族達の歓声は止む事を知らないくらい長く響き続けていた。
 




