表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ&書籍化】空の乙女と光の王子(旧題:私、悪役令嬢だったようです)  作者: 冬野月子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/85

78 空の乙女

「…ん…」


部屋に差し込む朝の光を感じ、ゆっくりと目を開ける。


「…あれ…?」

未奈は不思議そうに室内を見回した。


「ここ…どこ…って……」


自分の部屋か。


視界に入るベッドも机もタンスも壁も。

全て自分の部屋そのものなのに。

なぜか一瞬、全く知らない部屋に思えたのだ。


未奈は手を伸ばすとベッドの脇に置いたスマホを手に取った。

今日は日曜日。

けれど表示された時刻は、いつも学校に行く時に起きる時間だった。


「早起きしちゃった…」


随分と長い夢を見ていた気がする。

それは物語のような、とても長い夢で…けれど目覚めた瞬間に全て忘れてしまったようだった。


二度寝する気にもならず、起き上がろうとして未奈はふと胸に鈍い痛みを感じた。



「…そう、だ、昨日…」


夜、突然強い胸の痛みに襲われたのだ。

死ぬかと思うくらい痛くて、けれど何とかおさまりそのまま眠ってしまったのだ。


今この家には未奈しかいない。

父親は海外出張、母親も地方の講演会に行っている。

通いのお手伝いさんはこの週末は休みを取っている。

もしも痛みが治らなかったら———死んでいたかもしれない。


ぞっとしながら未奈はベッドから起き上がった。





「うーん…」

冷蔵庫の中を覗き込んで未奈は唸った。

中にはお手伝いさんが作り置きしてくれた料理の入ったタッパーが並んでいる。

美味しくて、いつも食べているものばかりなのに何故か今朝は全く欲しいと思えなかった。


「もっと簡単なものでいいんだけど…パンと干し肉とか…」


———干し肉?

自分の言葉に首を傾げる。

干し肉なんてそんなもの、食べた事があっただろうか。



何かがおかしい。

起きた時から感じる…ここが自分の知る世界ではないような違和感。

視線を巡らせるとテーブルに置かれたリンゴが目に入った。


「…これでいいや」

赤いリンゴを一つ手に取る。

いつもは皮を剥いて食べるのだが、何故か今日は皮付きのまま食べようと思い、くし切りにして皿に乗せた。



静かなダイニングで一人リンゴをかじる。


「…リンゴってこんな味だったっけ」

もっと固くて酸味が強くて…サイズだって、こんなに大きくないはずだ。

不思議に思いながらも二切れ食べたが、それ以上は食べる気にならず冷蔵庫にしまおうと未奈は椅子から立ち上がった。



『ほらもう一口』


ふいに脳内に誰かの声が響いた。


「…え?」


『あまり食べていないだろう』


胸に鈍い痛みが走る。

脳に甘く響くこの声を———自分は知っている。

知っているけれど…思い出せない。


しばらく手にした皿の上のリンゴをじっと見つめて、未奈はもう一切れ食べようと椅子に座り直した。






「それにしてもよく降る…」

この地域には珍しい大雪で、窓の外は何も見えないくらい真っ白だ。

しばらく止まないだろう。


「雪が降る前に行かないとならなかったのに…」

———ああ、まただ。

朝から何度も奇妙な感覚に襲われる。


自分ではないような…こことは違う、別の…


「…夢のせいかな」

あまりにも長い夢だったから混濁しているのだろうか。

でもどんな夢だったのだろう。


辛かった気がする。

楽しかった気がする。

そして…幸せだった。

あの日々を…〝彼ら〟を忘れてはいけないのに。


ふいに押し寄せた不安と寂しさに、未奈は部屋を見渡した。




しんとした、一人で過ごすには広すぎるリビング。

外は真っ白で…まるで世界にただ一人、取り残されたような感覚に陥る。


一人には慣れたはずなのに…どうしてこんなに〝寂しい〟と思うのだろう。

どうして家にいるはずのない誰かの気配を探そうとしてしまうのだろう。

窓の外の世界のように、どんどん心が冷えていくようだった。


気を紛らわそうと未奈はスマホを手に取った。




「なんか…ゲーム…」

画面をスライドさせた指がぴくりと震えた。


目に留まったのは『空の乙女』と書かれたアイコン。

そのアイコンには真っ赤な髪の青年のイラストが描かれている。

ドクン、と未奈の心臓が震えた。


それは以前遊んだアプリだった。

平民の少女が『空の乙女』という国を護る役割に選ばれ、王子と恋をして結ばれるという乙女ゲームだ。

乙女ゲームが好きな未奈は幾つものゲームを入れていて、その中の一つで一度クリアしたきりのゲームだったはずなのに。

———どうして…こんなに心臓がバクバクするのだろう。


未奈は震える指でアイコンをタップした。

アプリが起動し…突然、部屋のシーンが現れた。



豪華な部屋の、ソファに腰を下ろした赤い髪の王子がこちらを見ている。

その眼差しはとても優しくて…覚えのあるものだった。



『王太子妃というものが君にとってどれだけ難しいものか分かっている』

王子はそう言った。

『それでも私は…君を手放せないんだ』


画面の下にセリフの選択肢が現れた。


———違う。

私の答えは…この中にはない。



「…できるならば、私は…」

未奈の唇から言葉が溢れる。


「…殿下の側にいたいと思っています」

そうだ、あの時自分はそう答えたんだ。


「———アルフォンス様…」



そうだ、ここじゃない。

自分が生きているのは…いるべき場所は。


「帰らないと…アルフォンス様の所へ…」

ずっと側にいると約束したのだから。




スマホが水色の光を放った。


強い光はあっという間に部屋を覆い尽くし、そして全てが消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ