07 魔力テスト
「ミナ、お帰りー」
「お疲れー」
ミナが女子寮へ戻るとエマとハンナが出迎えた。
「先生と何話したの?」
「うん…魔力について聞かれて…」
はあ、とミナはため息をついた。
「それで、一組に入るみたい」
「ええ、すごい!」
「そうだよね、ミナの光凄かったもんね」
友人達は声を上げた。
「でも一組って授業が凄く厳しいんでしょ」
「在学中から魔術団の討伐に参加したりするのよね」
「うん…それはいいんだけど」
ミナは魔術団に入るのが望みだった。
孤児院にはミナのように疫病で親を亡くした者、そして魔物に親を殺された者もいた。
特に目の前で魔物に家族を殺された子供達は、自身も怪我をしていたり、そのトラウマで心に大きな傷を負っていた。
彼らのような子供を増やしたくない。
魔法が使えると知ったミナはそう思うようになった。
魔術団に入って少しでも多くの人を魔物から守る。
それは貴族としての地位や役割を放棄したミナにとって、生きる意義でもあるように思えたのだ。
だからシスターの厳しい特訓にも耐えたしこの学園にも入った。
けれど…
(まさかここが小説の世界だったとは)
これからの学園生活を思い、ミナはため息をついた。
「…まずは状況を整理しないと」
皆で夕食を食べ、部屋へ戻るとミナは机の前に座った。
学生寮には地方から出てきた生徒達が入っている。
元々貴族のみの学園だった事もあり、平民のミナに宛てがわれた部屋も広い一人部屋だ。
部屋にシャワーとトイレがついているのも嬉しい。
この魔法学園は授業料や入寮費が無料で食事、制服もタダ。
さらに平民には日用品を買うのに十分な生活費も支給される。
この生活費は卒業後、一年以上魔術団で働けば返さなくとも良いという。
平民も入れる学校は他にもあるが、それらは授業料は無料だが生活費まで支給される事はない。
魔法学園のみ待遇が良いが、それはそれだけ魔術師が必要だという事なのだろう。
ミナはノートを開くと、そこにゲームや小説の事など、今日思い出したばかりの事柄を書き出していった。
「…うーん…ゲームの方は割と覚えているんだけど。小説は思い出せないな…」
大まかなあらすじは分かるのだけれど、細かな出来事までは思い出せない。
ミナにとっては小説の内容の方が大事なのに、ヴィルヘルミーナが何をしたのか…何か大きな事件が起きたはずなのに。
もやにかかったように思い出せなかった。
「…私が小説の設定と変わってしまったから…?」
小説ではミナはアルフォンスの婚約者であり、悪役令嬢だった。
だが今のミナは平民である事はもちろん、他にも相違が幾つかあった。
「まず髪色でしょ…それから属性も違う」
小説のミナはいかにも貴族らしい金髪を巻いたゴージャスな容姿で派手な印象だった。
目の色は覚えていないが…おそらく今よりも濃い青だったろう。
今のミナは前世を思い出す、肩まで伸ばしたクセのない黒髪で…この色が家を出る原因ともなったのだけれど。
何故ミナが黒髪なのか、それは分からない。
両親も兄も金髪だったのに。
———考えた所で理由も分からないしどうにもならないのだけれど。
それに小説では風属性で、風を操りヒロインへ数々の嫌がらせをしていたのだ。
魔力量は小説のミナも一組に入るくらい高かったけれど…おそらく今のミナの方が量も技術力も上だ。
「ヒロインといえば…」
今日いたあの少女。
あの色も顔立ちも、明らかに小説の挿絵やコミックで見たヒロインそのものだった。
けれど小説とは魔法属性も量も違っていた。
「…あの人、おかしいって言ってた…」
自分は水属性で量も多いと。
そう思うという事は———
「彼女も転生したのかな…」
ミナと同じように。
小説と同じ世界。
けれどそれとは設定が異なる登場人物のミナとヒロイン。
それには何か理由があるのか…そもそもここは本当に小説の世界なのか。
どうしてこの世界に転生などしたのか。
「———そういえば」
前世での最後の記憶をミナは思い出した。
ミナは十六歳の高校生だった。
冬のある夜、家にいたら突然心臓が激しく痛み出したのだ。
そこからの記憶はなく…あのまま死んだのだろう。
独り痛みと苦しみに耐えながら…あの時、確かに〝誰か〟の声を聞いたのだ。
『あなたの望みを与えましょう。こことは別の世界で』
その〝声〟は確かにそう言った。
『あなたは生まれ変わるのです。人を愛し、愛されて世界を守る存在として』
「私の望み…?」
前世のミナの望み。
それは「両親から愛される事」だった。
両親共に仕事で忙しく、ミナは幼い頃からいつも一人だった。
ベビーシッターや家政婦はよく面倒をみてくれていたけれど、やはり親とは違う。
親子三人、近くの公園でもいい…どこかに行ってみたい。
いや…家で一緒にご飯を食べるだけでもいい。
そんな親子として普通の事すら叶わなかった。
裕福な家で物には困らなかったけれど。
そんなものよりも、親に愛して欲しかった。
抱きしめて欲しかった。
それが一番の望みだったのに…
「…望みなんて、叶ってない」
現世でもミナは孤独だった。
母親に嫌われ…虐待といってもいい仕打ちを受けていた。
父はそれを見て見ぬフリをしていたし、兄はミナを気にかけてくれていたけれど、幼い子供に何かできるわけでもなく。
辛くて、悲しくて。
ミナは家から逃げたのだ。
ミナを拾い、親となってくれた夫婦はミナを実の子のように可愛がってくれた。
決して裕福ではないけれど…確かにあの頃は家族愛に満たされていた。
けれど、それも三年余りで終わってしまった。
孤児院の生活も貧しかったけれど、皆仲良く家族のように過ごしてきた。
けれど大人になればあそこも出ていかなければならない。
「家族に縁がないという事なのかな…」
椅子に背中を預けてミナは天を仰いだ。
「〝人を愛し、愛されて世界を守る存在〟って…それってヒロインの事じゃん」
悪役令嬢でもないミナには関係ない事だ。
「———とりあえず勉強頑張ろう」
前世や過去の事をあれこれ考えても仕方ない。
ミナはノートを閉じるとそこにミナ以外の者には見えたり触れられたりしないよう魔法をかけた。
これもシスターが教えてくれたのだ。
「あとは…私の素性がバレないようにしないと」
もう既にただの平民とは思われていない可能性が高いけれど。
少なくとも自分がフォルマー家の娘である事だけは知られないようにしなければ。
決意するとミナは椅子から立ち上がった。