64 望み
「———それで、殿下に絆されたの?」
「…ほだされた…?というか…」
フランツィスカの言葉に、ミナは首を傾げながら言葉を探した。
「この国の事を考えると…誰かが王妃にならないといけない訳だし…どうしたらいいのか…」
国内にはミナよりも相応しい相手がいないと言われてしまうと、自分の都合だけで断るのもいけないように思えるのだ。
ローゼリアの尋問から三日後。
ミナは教会から自宅へと戻った。
明日からまた学園に通う事になり、学習の状況などを伝えにフランツィスカが会いに来てくれた。
一通り学園での話をした後、ミナの事に話は移り、流れでアルフォンスに求婚された事を伝えたのだ。
「まあ確かに。宰相の娘で、陛下が望んでいて殿下からも求婚されているのだから、断れないわよね」
「…うん…」
「———ところで、ミナは殿下の事をどう思っているの?」
フランツィスカはじっとミナを見つめた。
「え…どうって…」
「好き?」
「す…」
ストレートなフランツィスカの問いかけに、見る間にミナの顔が赤く染まった。
「殿下からの求婚を断らなかったのは、殿下に好意があるからではなくて?」
「…そ、それはだから…殿下も大変なのにすぐお断りするのは失礼かなって…」
「それだけ?ミナの気持ちは?」
「気持ちって…言われても…」
顔を赤く染めたまま、ミナは俯いた。
「立場だとか役目を忘れて、殿下の事をどう思っているのか考えた方がいいわよ。確かにミナは侯爵令嬢で宰相の娘。高い身分の相手に嫁ぐ事になるけれど…義務感だけで王妃は務まらないわよ」
侍従家の娘として父親や兄の仕事を間近で見ているであろう。
フランツィスカの言葉は重みを持ってミナに響いた。
「本来王妃になるには幼い頃から教育を受けるものよ。それを平民生活が長いミナがこれから学ぶのはとても大変よ。乗り越えるには殿下への愛情や信頼、それにミナが王妃になるんだという強い覚悟と意志が必要ね」
リゼも幼い頃から受けていた王妃教育はとても大変だと言っていた。
「殿下もミナの家族も、もちろん私もミナを支えるわ。それでも辛くなる事は何度もあると思うの。その時にミナの心がしっかりしていないと…って…ごめんね、キツい事を言い過ぎたわ」
表情が暗くなっていくミナを見て、慌ててフランツィスカはその肩を掴んだ。
「そんなに困らせるつもりはなかったんだけど…」
「…ううん」
ミナは首を振った。
「ありがとう…そういう事、教えてくれて」
貴族としての生活経験がほとんどないミナには、王妃というものがどういう存在なのか、何をするのかまだよく分からない。
だからフランツィスカの率直な言葉はありがたいのだ。
「まだどうなるか分からないし、今はまだ考える余裕はないけれど…フランの言葉は覚えておくわ」
そう言ってミナはフランツィスカに笑顔を向けた。
「———もしもミナが殿下の婚約者になったら、私は全力でミナを助けるからね」
「…うん、ありがとう」
基本、職業は世襲制のこの国で、現在父親の補佐として働いている兄がおそらくそのまま次の宰相になるのだろう。
その時に宰相夫人となるフランツィスカは、きっとミナの心強い味方になってくれる。
それは不安だったミナの心を少し和らげてくれる事だった。
「邪神の事もあるから確かに今は余裕はないだろうけれど…でも殿下の事をどう思っているかは、ちゃんと自覚した方がいいと思うわ」
「自覚…」
(殿下の事を…私がどう思っているか?)
それは、あえて意識してこなかった事かも知れない。
ふとミナは気付いた。
アルフォンスから好意を寄せられている事には気付いていなかった訳ではない。
けれど…あえてその事を深く考えないようにしていたのも確かだ。
(先延ばしにしたくても…もう時間はないんだ)
ミナの社交界デビューまで、そしてアルフォンスが王太子になるまであと三ヶ月。
それまでに邪神討伐も終わらせたいとハルトヴィヒ達も言っていた。
もう、時間はないのだ。
(考えなきゃ…私はどうしたいのか)
これまで、魔術師になる事がミナの目標だった。
けれど学園に入り、前世の事や自分の使命を知った今———別の道へと進まなければならないのだろう。
ちゃんと自分と向き合おう。
ミナはそう覚悟した。
「ああ、そうだわ」
帰り際、思い出したようにフランツィスカが言った。
「昨日学園で、ミナがフォルマー家の娘らしいって話をしているのを聞いたわ」
「え?」
「最近フォルマー家が若い娘用のドレスやアクセサリーを仕立てているって噂があって。養子を迎えたか、実は娘がいるんじゃないかって色々と推測されていて…それでミナの存在が浮上したのよ」
黒髪の少女がフォルマー家に出入りしているという噂もある。
そして入学した時から貴族の血を引いていると噂されていたミナの容姿が、フォルマー家の者たちと似ている事。
それらから判断されたらしい。
「そんな…」
「貴族にとって情報収集は大事よ、こういう事はあっという間に広まるわ。明日から学園に行ったら色々な人に声をかけられると思うから覚悟しておいてね」
そう言い残してフランツィスカは帰っていった。




