60 尋問
「え…エーミール様?!」
部屋に入ってきた一同を見てローゼリアは黄色い声を上げた。
「やだ!ゲームよりずっとイケメンじゃない!!」
「〝いけめん〟とは何だ?」
部屋の様子を見ていたハルトヴィヒが呟いた。
「見た目が良い男性の事です…」
ミナは答えた。
「ゲームよりと言うのは?」
「…さあ…」
(やっぱり…ローゼリアはゲームもやっていたのね)
小説を知っているという事は、その元となっているゲームも遊んでいたのだろう。
(そうなると…シスターの事…バレないかしら)
今日のリゼは万が一身元がバレるのを防ぐために深くベールを被っているが、言動などでローゼリアに気付かれるかもしれない。
一抹の不安を感じながらミナは隣室を見つめた。
「ゲームとは何の事かな」
にこやかな笑みを浮かべてエーミールはローゼリアに尋ねた。
「はい…!この世界を元にしたゲームで、私エーミール様推しだったんです!」
「こ、こらローゼリア!」
ローゼリアの父親、リーベル男爵が慌てて娘の肩を掴んだ。
「申し訳ございません…!娘は学園に入学してから妙な事を口走るようになりまして…」
「入学してから?」
「はい、私思い出したんです!私がこの世界を救う聖女なんだって」
目を輝かせながらエーミールを見つめてローゼリアは言った。
「…その聖女というのは何なのだね」
司祭長が口を開いた。
「聖魔法で国を魔物から救うんです!それでアルフォンス様と結ばれるんですけれど…でも私ホントはエーミール様の方がずっとタイプだし…」
「ローゼリア!」
「申し訳ございません…娘はどうも夢と現実の区別が付かなくなっているようで…」
「夢じゃないもの!」
両親が慌てて制すると、ローゼリアは頬を膨らませた。
「私知ってるんだから!ここは小説の世界で私がヒロインなの!」
「魔女の時と似ておるの」
司祭長が呟いた。
「あの娘もここがゲームの世界だの、自分が主役だのと言っておったわ」
「…あの娘も魔女なのか?だがそれにしてはマリーの時のような存在感というか…他の者と違うようなものは感じないが」
ハルトヴィヒはその顔に困惑したような色を浮かべた。
「それにしても、この世界が小説だのゲームだの、どういう事だ?」
(どうしよう…)
伝えるべきだろうか、ミナも知っている事を。
けれど…最近、不思議なくらい急速にゲームや小説の記憶が薄らいでいるのだ。
本当に前世で自分がそれらを遊んだり読んだりしていたのか…ミナは自信がなくなっていた。
「———それで、お主が聖女とやらで国を救うとして。ハルトヴィヒ殿下が死ぬと吹聴しておるようじゃな」
司祭長の言葉にリーベル男爵夫妻はその顔をますます青ざめさせた。
「はい。国を救うための犠牲になるんです」
事もなげに言ったローゼリアに室内の空気が凍りついた。
「…ちなみにそれは…どういう状況で殿下が亡くなるのかな」
笑みを消したエーミールが尋ねた。
「魔術団の要請で討伐に行くんです。その時に魔物の大群に襲われて。そして私が聖女の力に目覚めて魔物を壊滅させるんです!」
目を輝かせながらも、淡々と語るローゼリアの言葉にはどこか抑揚がないようだった。
「…違う…人みたい…」
「ミナ?」
無意識に声に出したミナにハルトヴィヒが首を傾げた。
「…ローゼリアとは数回しか接した事がありませんが…表情とか…その時の彼女とは別人のようで…」
ローゼリアの両親も、まるで異様なものを見るような眼差しで娘を見つめていた。
「ローゼリア・リーベル。君は自分が何を言っているのか分かっているのか」
アルフォンスが口を開いた。
「王家だけでなくこの国を侮辱しているのだぞ」
「でも事実なんです」
「その根拠は何だ」
「そうなると決まっているからです」
「…話にならないわ」
小さなため息と共にリゼが呟いた。
「まだハイデマリーの方がまともだったわ」
ローゼリアがリゼを見た。
『———生きておったか、忌々しい小娘め』
ローゼリアの声とは思えない、低い声が響いた瞬間。
一筋の黒い光がリゼの胸を貫いた。