58 家族
「ミーナ。母上と和解できたのかい」
夕食後、部屋へ戻ろうとしていたミナをアルトゥールが呼び止めた。
「え…?」
「ずいぶんと打ち解けて話をしていたようだったから」
「———そう…ですね」
言葉を探すようにミナは視線を泳がせた。
「…苦手意識は…減ったと思います」
母親も自分と同じように苦しんでいた。
そう気がついてから、ミナは心がずいぶんと軽くなったのを感じた。
母親との接し方は正直まだよく分からないけれど、前よりはスムーズに会話が交わせるようになったと思う。
「そう。それは良かった」
アルトゥールは安堵の笑みを浮かべた。
「母上が一番後悔していたからね」
(ああ…そうだ。お兄様も…お父様も。皆苦しんでいたんだ)
それは頭では分かっていたつもりだったけれど。
実感として…初めて心から理解できたように思えた。
ミナの家族だけではない。
王家の人々も、リゼも、エドモントの家族も。
貴族だけではなく…この国の全ての人々が。
邪神のせいで苦しんでいる。
彼らをその苦しみから解放するために、自分はこの世界に生まれたのだ。
入学して前世の記憶を取り戻してから流されるようにここまできたけれど。
ようやくミナは、自分の歩いていく道の先に光が灯るのを感じていた。
「ミーナ。いい表情をしているね」
そんなミナを眺めながらアルトゥールは言った。
「…そうですか?」
「うん、幼い時よりはずっと明るくなったとはいえいつもどこか困ったような顔をしていたけれど…今は何だかスッキリした顔をしているよ」
「———そう…ですね。お母様とちゃんと話が出来て…目の前が晴れたように思います」
ミナは自分の胸に手を当てた。
胸の奥が温かいような、何か力が湧き上がってくるように感じていた。
「そうか。本当に良かった」
ぽん、とミナの頭に手を乗せるとアルトゥールは幼子にするように撫でた。
「これからミーナがフォルマー家の娘として生きていくには覚えないとならない事も沢山あるし、大変だと思う。…苦労させると思うけれど、それでも、私達はミーナに幸せになって欲しいと思っているからね」
「…はい。ありがとうございます」
「だから先刻の話に出ていたアルフォンス殿下との婚約の話だけれど。本当にミーナが嫌ならば断るから安心して」
「……できるのですか?」
「うちは宰相家だからね。それなりに権力はあるんだ」
アルトゥールは笑みを浮かべた。
「結婚はしないとならないけれど、結婚相手はなるべくミーナの希望に沿うようにするから」
貴族の結婚は、血を繋ぎ、家同士を繋ぐために欠かせない、義務なのだという。
それはリゼからも聞いていたし、ミナも理解している。
いつかは自分も貴族の娘として結婚しなければならないのだろうけれど、だからといって王妃というのは…流石に抵抗がある。
「…そういうお兄様は…どうしてフランと婚約したのですか」
「父上が宰相になったからだね。うちに取り入ろうとしたり、逆に取り込むために娘と私を婚約させようとする家が多くて。———あの頃は貴族社会も混乱していたんだ」
疫病や魔物の増加で国内に多くの被害が出る中、王太子の廃位、当時の宰相の失脚など多くの出来事があった。
まだ十一歳と幼いアルフォンスを兄に代わり王太子とし、担ごうとする勢力もあった。
アルフォンスを守り、国政を安定させるために宰相家の息子と、代々侍従として仕え王家への忠誠心の厚いバウムガルト伯爵家の娘を婚約させる事にしたのだ。
「お兄様は…フランの事をどう思っているのですか?」
政略のための婚約ならば、当人同士の感情は無関係なのだろう。
「そうだね。———ミーナの代わりのように思っていたよ」
「私の?」
「同じ年齢だったからね。妹がここにいれば今はこれくらいに成長して、こんな事を考えたりしていたんだろうなって。私にとって彼女は妹のようなものだね」
「…そうだったんですか」
「だからミーナとフランツィスカが仲良くなってくれて嬉しいんだ」
そう言ってアルトゥールは笑顔を見せた。
「ミーナ同様、フランツィスカにも幸せになって欲しいと思っているよ」
———だからフランツィスカが魔法学園に入る事を反対しなかったのだろうか。
政略結婚である以上、婚約解消は出来ないけれど、結婚するまでは彼女の自由にさせようと。
「私も…フランがお兄様の婚約者で、嬉しいです」
初めて出来た貴族の友人が家族になる。
それはミナにとって、とても心強いものだった。




