56 家族
「今年の最初の舞踏会でヴィルヘルミーナの披露をしようと思っている」
夕食の席で父親の宰相がそう言った。
「最初の舞踏会…?」
「社交界にデビューする者は、十二月の社交シーズン最初に王宮で開かれる舞踏会に出席する決まりがあるんだ」
アルトゥールがミナに説明した。
「そこで国王陛下夫妻に挨拶して、初めて社交界の一員として、つまり大人として認められるんだよ」
「え…そんな急に…?」
十二月といえばあと三ヶ月しかない。
披露というからにはヴィルヘルミーナとしての存在を明かす事になる。
今後学園でも、侯爵令嬢として通わなければならなくなるのだろう。
———だがまだミナには心の準備ができていないのだ。
「社交界に入れるのは十六歳以上。お前は今月で十七になるだろう。来年だと十八歳、それでは遅いからな」
宰相が言った。
「最初の舞踏会の後もあちこちで夜会や舞踏会が開かれる。社交界に入った以上参加しない訳にはいかないが、どの会に出るかは厳選するからそう心配しなくとも良い」
「…はい…」
確かに、一年に一回しか機会がないのならば仕方ないのかもしれない。
ミナは観念したように頷いた。
「ところでミーナ。ダンスは踊れる?」
「え…いいえ、まったく」
兄の問いかけにミナは首を大きく横に振った。
孤児院でリゼから所作やテーブルマナーなどは教わったが、ダンスまでは習わなかったのだ。
「それじゃあ練習しないとね」
「…踊らないとならないのですか」
「ダンスは社交に欠かせないものだよ。そこでの立ち振る舞いは個人や家の名誉だとか、派閥の関係にも関わってくる。踊りの技術はもちろん、誰と踊るかや踊っている時の会話術など、色々学ばないとならない事があるんだよ」
「そ…うなんですか」
舞踏会というものがあるという事は、聞いた事はあるし前世でも映画などで見た事がある。
ただくるくる回るだけなのかと思っていたけれど、そのような…政治的な事まであるとは。
「そうね、それにドレスも仕立てないとならないわね」
「ドレス…?」
母親の言葉にミナは首を傾げた。
「この間作ったのではないですか?」
夏休みに家に滞在した時に、ドレスを作るからと職人を招いて寸法を測ったり生地を選んだりしていたのだ。
何着も作ると聞いていたのにまだ必要なのだろうか。
「あれはお茶会や昼用のドレスよ。社交界に出るならば夜用のドレスも仕立てないとならないわ。特に最初の舞踏会では、女子は白いドレスを着る決まりがあるの。先ずはそのドレスね」
「はあ…」
ドレスなど、決して安いものではないだろう。
それを何着も用意しなければならないとは。
それに恐らく、ドレスに合わせてアクセサリーや靴なども幾つも用意する必要があるのだろう。
(いったい…どれくらいのお金がかかるのかしら)
庶民の感覚が抜けないミナにとって、それは想像するのも恐ろしい事だった。




