54 予言
「そういうシスターは…ハルトヴィヒ殿下とは、お互い好きあっているんですよね」
「え?」
ミナの問いにリゼは一瞬目を見張ると、すぐに視線を泳がせた。
「…それは…昔はまあ…そういう頃もあったけれど…」
「今もですよね?この間教会でだき…」
「あ、あれは!」
抱き合っていましたよね、と言いかけたミナの言葉をリゼは慌てて遮った。
「———あの時は…懐かしさで思わず受け入れてしまったけれど…。今の私はもう貴族ではないもの。もう終わった事だわ」
「…でも…殿下は今でもシスターの事、好きだと思います」
王宮で会った時に、自分には心に決めた人がいると言っていたハルトヴィヒの瞳は、リゼを見つめる眼差しと同じだった。
「好きという気持ちだけでどうにかなるものでもないのよ」
リゼは言った。
「王太子ではなくなったとはいえ、王族である事に変わりはないもの。殿下には自分の立場を弁えていて欲しいの…また同じ過ちを繰り返さないために」
「過ち…」
「———魅了されていたとはいえ、私利で婚約を破棄したりして国を混乱させた事実は変わらない…その罪を償うために今、殿下は最前線で魔物と闘っている。それを私という存在で邪魔してはいけないの」
自分に言い聞かせるようにリゼは言った。
「私の望みは邪神の件が解決して、この国が平和になって一人でも孤児が減る事。そしてハルトヴィヒ殿下も邪神の呪いから解放されて欲しい———聖女だか知らないけれど、間違っても死んでなどならないわ」
「シスター…」
「大体、誰かが死なないと覚醒しないなんてそんなの聖女ではないわ。そうでしょう?」
「はい」
怒気を含んだリゼの言葉に、ミナは大きく頷いた。
———そうだ、たとえ小説の中ではそうだったとしても…
現実で、ハルトヴィヒを死なせてはならない。
ミナは強くそう思った。
(でも…本当に小説ではハルトヴィヒ殿下が死ぬ事でローゼリアの力が覚醒するのだとしたら…)
夜、横になったけれど眠れず、ミナは部屋から出ると教会の中庭へと出た。
ベンチに腰掛け、月明かりに照らされた庭を見つめながらローゼリアが口にしていたという事を考えていた。
(本当のローゼリアは私で…。もしもハルトヴィヒ殿下の死で私の力が解放されるとしたら———)
それはあってはならない事だ。
リゼの言っていた通り、誰かを犠牲になどしてはならない。
(私が…自分自身で呪いを解いて、女神の力を使えるようにならなければ)
女神はもうじきだと言っていた。
———その前にハルトヴィヒが死ぬような事があってはならない。
(どうして…小説の事を思い出せないのだろう)
いつ、どんな状況でハルトヴィヒの身に危険が起きるのか。
それが分かれば対策も立てられるのに。
人の気配に振り返るとリゼが立っていた。
「眠れないの?ミナ」
「はい…」
リゼはミナの隣に腰を下ろした。
「どうしたら…早く私にかけられた呪いが解けるのだろうと思いまして」
「———〝両親に愛されない〟という呪いだったわね。でも今はもう、ご両親はミナの事を愛してくれているのでしょう?」
「…はい…でも私はまだ、女神に与えられたという力を使えません」
本当に呪いが消えたのならば、力も使えるはずだ。
「そうね…。ミナの心の傷がまだ癒えていないからかもしれないわね」
「心の…」
「特に幼い頃に受けた傷はそう簡単に消えるものではないわ。それに」
リゼはミナを見つめた。
「あなたはまだ、ご両親が苦手なのでしょう」
「…はい」
ミナは俯いた。
両親———特に母親とはまともに会話もできないのだ。
「ご両親との間にあるわだかまりが少しでも解消されれば、力も使えるようになるかもしれないわ」
「そう…ですね」
確かに、正直ミナはまだ彼らを本当の家族とは思えていない。
ミナにとって家族とは、ミナを助けてくれた行商人夫婦であり、孤児院の仲間達なのだ。
この歪な関係を直さない限り、呪いは解けないのかもしれない。
「明日…お母様と向き合ってみます」
ミナは顔を上げるとリゼを見た。
明日は侯爵家に行く事になっていた。
そこできちんと話してみよう、ミナはそう思った。
「そう。無理はしないでね」
「はい」
自分を励ますようにミナは笑顔で頷いた。




