53 予言
夕方。
ミナは図書室で探した本を手に、部屋へ戻りながら昼間の話を思い出していた。
(ローゼリアに…夏休みの間、何かあったのかしら)
突然前世の小説の事を周囲に語りはじめたローゼリア。
そしてミナを襲おうとした黒い影。
ミナが夏休みに色々あったように、彼女の身にも何か起きていたのだろうか。
「戻りました」
「お帰りなさい」
部屋へ戻ると、アルフォンスから預かった本を読んでいたリゼが顔を上げた。
「ごめんなさいね、一人で行かせて」
「いえ。読み終わったのですか」
「ええ」
リゼはぱたんと本を閉じた。
「不思議ね、子供の時に読んだ時はとても怖かったのに。今読み返すと怖い事は書いていないのよね」
「何歳ごろに読んだのですか?」
「そうね…六歳くらいだったかしら」
「———そんな小さい時にもう…婚約していたのですか?」
「そうね、婚約したのは五歳の時だったわ」
リゼは小さく苦笑した。
「婚約も、結婚の意味も分からない間に引き合わされて。それからは毎日のように王宮でお妃教育を受けていたわ」
「それは…大変だったんですね」
ミナは思わずため息をついた。
「あなたも他人事ではないのでしょう? アルフォンス殿下と婚約の話が出ていると聞いたわ」
「…はい…」
ミナは目を伏せた。
「でも…今はそれどころではないですし…それにいきなり婚約とか言われても…」
ミナにかけられた邪神の呪いや女神の神託の事。
優先すべき事は沢山ある。
それに家に戻り、貴族として生きる覚悟すらまだないミナに、王子と婚約などいわれても戸惑うだけだ。
「そうね、半年前のミナは平民の孤児だったものね」
「はい…」
「でも私達の気持ちなど関係なく話は進むわ。貴族の婚姻とはそういうものよ」
個人ではなく家同士の結びつきや政治的な事情を優先する、それが貴族だ。
それはミナとて分かっている。
けれど自分の事となると、実感が湧かないのだ。
「でも…アルフォンス殿下は将来国王になる可能性が高いわ、そうなったらミナは王妃になる事になるわね」
「…王妃…」
リゼの言葉にミナは唖然とした。
———アルフォンスとの婚約の先に、その可能性があるという事まで想像できていなかったのだ。
「それは…無理です…」
いくらなんでも王妃など、ミナには無理な話だ。
「シスター…どうしましょう…」
「そうね…。殿下との婚約が決まる前に他の人と婚約するのも手よね」
「他の人…」
「例えばエドモント様とか」
ミナを見つめてリゼは言った。
「殿下の前では言わなかったけれど、エーミール様が言っていたの。ミナをアーベントロート家に迎えられたらいいって。エドモント様が望んでいるそうよ」
「…それは…本人から言われました」
「まあ、そうだったの」
ミナはリゼに、エドモントとの事を話した。
「エーミール様はね、王家の意向に反する事は出来ないけれど、弟の望みも叶えてあげたいんですって。…自分の代わりにエドモント様が家を継ぐ事になった事に負い目を感じているようね」
そう言って、リゼは目を細めた。
「エーミール様も、昔より周りが見えるようになったのね」
「…そうなのですか」
「学生の頃は魔法の研究ばかり考えていたわ。あの人とミナを近づけるのは不安だったけれど、今のエーミール様なら大丈夫かもしれないわ」
今では遠くなってしまったミナの記憶の中で、ゲームでのエーミールは確かに魔法の事ばかりだったように思う。
魔女の事件から五年が経ち、皆それぞれ成長して、変化したのだろう。
エドモントも、そしてアルフォンスも。
嫌な人たちではないけれど。
「私…本当に貴族と婚約して…結婚しないとならないのでしょうか」
「———ミナが宰相家の娘で〝空の乙女〟である以上、平民と結婚するのは無理でしょうね」
それは、兄が言っていたように立場の強い相手と婚約する事でミナを護るという意味も含まれるのだろう。
これも邪神から国を護るために必要な事。
そう、頭では分かっているけれど———
「…確かに、ミナが平民として生きていきたいという願いを叶えるのは難しいでしょうね。でも婚約に関しては、どうしても嫌ならばやめてもらえるかもしれないわ」
「そうでしょうか」
「どうしても無理ならばね。———アルフォンス殿下とエドモント様、どちらも本当に嫌?」
「…嫌という訳ではありませんが…」
ミナは目を伏せた。
二人とも、共に魔術を学び戦うチームメイトとして信頼している。
けれど婚約や結婚となると…そういう目で見た事がなかったし、どう判断すればいいのかも分からない。
「———ミナはまだ恋をした事がないのね」
リゼの言葉にミナは頷いた。
「貴族の結婚に恋愛感情は必要ないものだけれど…それでも相手に愛情が持てた方がいいわ。誰と婚約するにしても、相手を好きになれたらいいわね」
「…はい…」
リゼの言葉に実感は湧かないけれど。
ミナはもう一度頷いた。