52 予言
「え」
リゼは目を見開いた。
「ハルト…様が…?」
「戯言と片付けるには不敬過ぎるし、あの娘と邪神の関わりの可能性もあるからな。フランツィスカ嬢に同じクラスの者達から詳しく話を聞くように言ってある。後でここに来る予定だ」
「シスター」
ミナは顔を青ざめさせたリゼの腕にそっと触れた。
「大丈夫ですか…?」
「言葉は不敬だが中身は何の根拠もない。気にするな」
「———ハイデマリーもよく言っていたわ」
視線を宙に向けて呟くようにリゼは言った。
「未来の事を…さも見てきたかのように。そしてそれは当たることが多かったの」
「シスター」
ミナはリゼの腕を強く掴んだ。
(ああ…そうだ。確か小説の中で…ハルトヴィヒ殿下は亡くなったんだ)
ローゼリアも、前世で読んだ小説でハルトヴィヒが死んだ事を知っているはずだからそんな事を言ったのだろう。
けれど小説と、実際のこの世界では同じ部分もあれば異なっている部分も多い。
だからハルトヴィヒが小説通りに死ぬとは限らないのだ。
「シスター、ローゼリアは魔女ではありません」
「でも魔女かもしれないのでしょう」
「———そうですが…」
ローゼリアとミナが持つ前世の知識と、現実との相違。
それをどう説明しようかミナが迷っていると、神官がフランツィスカの到着を告げた。
「ローゼリア・リーベルが言うには、ハルトヴィヒ殿下の死が彼女の力を覚醒させる鍵となるそうです」
フランツィスカはエマ達から聞いた話を一同に説明した。
ローゼリアはクラスメイト達にそう吹聴していたという。
(そうだった…かしら)
ミナの小説の記憶はあやふやで、詳しい内容まで思い出せない。
———学園に入学して前世の事を思い出した時はもっと覚えていたように思ったが…小説と実際に起きている事がかけ離れてしまっているせいだろうか。
前世での生活の事などはよく覚えているのに、ゲームや小説に関しての事は、最近特に思い出しにくくなってきていた。
だからなのか、アルフォンスの言葉で小説でハルトヴィヒが死んだという事は思い出したのに、その原因は思い出せなかった。
「意味が分からないな」
冷めた口調でアルフォンスが言った。
「内容もだが、何故そんな事を突然言い出したのだ」
「以前から問題行動は多かったのですが、夏休み明けから妄想発言が増えたそうです」
「妄想?自分が聖女だというものか」
「はい」
「そもそも聖女などという存在はあるのか?」
アルフォンスは一緒に報告を聞いていた司祭長を見た。
「他国では分からぬが、我が国でそういう存在があった事はないはずじゃ。強いて言うならば女神の神託にあった〝水色の乙女〟がそれに当たるであろうが…それも初めての事じゃからな」
「———それから」
フランツィスカは口を開いた。
「〝悪役令嬢がいない〟と言っているそうです」
「悪役令嬢?」
「何でも聖女の障害になる存在だそうで…」
フランツィスカはミナへと視線を送った。
「宰相の娘でアルフォンス殿下の婚約者だそうです」
「何?」
「その悪役令嬢が存在しないから自分の力が発揮できないのだと」
「…どういう事だ」
アルフォンスは困惑したようにミナを見た。
「宰相に娘がいる事は未だ明らかになってはいないはずだ」
「———ハイデマリーと同じだわ」
リゼが口を開いた。
「彼女の立場ならば知るはずのない事を知っているの。政治的な事や、個人的な事だったり…そうやって人の心につけ込んでいくのよ」
「だがローゼリア・リーベルは宰相の娘がミナだという事は知らないのだろう」
アルフォンスの問いに、ミナはこくりと頷いた。
「どうしてミナはその娘に襲われたの?」
リゼが尋ねた。
「…それは…私の立場が…本当ならば彼女のものだと」
「それは同じクラスの子達にも言っていました」
ミナの言葉をフランツィスカが継いだ。
「本当ならば自分が高い回復魔法を持ち、一組に入るはずだったと」
「まったく意味が分からないな」
アルフォンスは深くため息をついた。
「何だか…気味が悪いです。本当の事と嘘が入り混じっていて」
眉をひそめてフランツィスカが言った。
「ともかく、急ぎその娘を教会に連れてきた方がよいじゃろう」
司祭長は一同を見渡した。
「たとえ嘘とはいえ、これ以上妙な事を言われたら問題だ」




