49 呪い
「ミナ…今の会話は聞こえていたの?」
「…はい」
ミナは自分の口元へ手を当てた。
「自分の口が勝手に動いて…変な感覚でした」
「ヴィルヘルミーナ嬢」
司祭長がミナの前に立った。
「先刻の事は本当か?別の世界から召喚されたというのは」
「———はい」
ミナは頷いた。
「私は確かに…生まれる前、こことは違う世界に生きていた記憶があります」
「あの耳慣れない言葉も?」
「…向こうの世界の言葉です。《おかあさん》は…母親を呼ぶときの言葉です」
そう言ってミナは目を伏せた。
顔を合わせる事すら滅多になかった母親に《おかあさん》と、そう呼ぶ事すら叶わなかったのだ。
その言葉は前世のミナにとって苦しくて切ない響きを持った言葉だった。
「ミナ…そんなに長い間辛い思いをしていたのね」
リゼがミナを抱きしめた。
「…でも…私が前世を思い出したのは学園に入学した日です」
それまでは前世の事など、何一つ思い出す事もなかったのだ。
「———つまり、ミナは邪神からこの国を守るために〝空の乙女〟として女神によって召喚されたけれど、逆に邪神に呪いをかけられてその力を封じられてしまったという事ですね」
エーミールが口を開いた。
「そしてその呪いが解けなければ邪神は倒せないと」
「呪いを解くには…ただ待たなければならないのかしら」
リゼが言った。
「ますます魔物は増えているのでしょう。王都に来る途中もよくない話ばかり聞いたわ」
「———その件に関しては…正直、魔術団は手一杯になりつつあります」
ため息とともにエーミールが答えた。
「ですが、国だけでなく各領地でも対策を強化していますから。今しばらくは大丈夫でしょう」
「だが〝今しばらく〟なのだろう」
アルフォンスが言った。
「それがどれだけ持つのか。…やはり私も学園に行かず討伐に出た方が」
「それは、まだ大丈夫です」
エーミールはアルフォンスを見た。
「ミナの呪いが解けたら、という条件が明らかになったのですから。それまで持ち堪えさせますよ」
「だがそれがいつになるかは分からないのだろう」
「こういうのは気持ちの持ちようも大きいですから。先が見えているのなら耐えられますよ。それよりも殿下は女神の言っていたように、ミナを守って下さい」
「だが…」
「邪神を倒せるのは女神から力を授けられた、殿下とヴィルヘルミーナ嬢だけなのであろう」
司祭長が言った。
「その時が来るまで、御身を大事にしてくだされ」
「…しかし…」
「殿下がどうしても討伐に出たいというのなら、ミナの護衛はうちのエドモントに任せますが?」
納得できない表情のアルフォンスに、エーミールが少し口角を上げて言った。
「…何?」
「最近ようやく後継としての自覚が出て来て、能力もかなり上がってきましたから。それに彼もミナの事を相当気にかけていますからね」
「———確かにエドモントは腕を上げているが…それだけでは」
意味ありげな笑みを浮かべたエーミールにアルフォンスは眉をひそめた。
「ミナを狙っている邪神から…黒い影から守るには光魔法でなければ…」
ふと、気づいたようにアルフォンスはミナを見た。
「そういえば、昨日の黒い影…あれもまさか邪神か?」
「黒い影?」
「昨日学園でミナが襲われたのだ」
「襲われた?!」
アルフォンスが昨日の事を説明すると、エーミールとリゼが顔を見合わせた。




