48 呪い
「ミナ…?」
『ミナが最も望んでいるのは彼女がミナとして生まれる前に生きていた世界の、母親からの愛情なの』
「生まれる前?」
「その声…まさか…〝女神〟…」
司祭長が目を見開いた。
「女神?!」
「どういう事…?」
『そう、私がミナの魂をこの世界へ招いたわ』
リゼから身体を離し、顔を上げたミナの瞳は金色に輝いていた。
「これは…憑依か」
『そうとも言えるし違うとも言える…私とミナの魂は結びついているの』
「魂が結びついている?」
「…ミナの魂を招いたと言いましたね」
アルフォンスはミナに向いた。
「どういう事ですか」
『ミナは元々別の世界に生きていたの』
「別の世界?」
「———聞いた事はありますね。この国の大地や海とは繋がっていない、異なる文化や生物を持つ国々があると」
エーミールが言った。
『そう、私のような〝神〟と呼ばれる存在は別の世界に触れる事ができる。そうして私はある時、ミナの声を聞いたの。純粋で綺麗な魂を持つ彼女の心からの願いを』
「ミナの願いとは…」
『親…特に母親からの愛情を受ける事よ』
「愛情?」
『彼女の両親は忙しくてミナの世話は人任せ、ほとんど親らしい事をしなかった。そして彼女はたった一人、誰にも見守られる事なく病気で死んだの。———両親の愛を求めながらね』
ミナはそっと胸を押さえた。
『私は彼女の願いを叶える代わりに、この世界へ生まれ変わらせてこの国を救う力を授けようとした。…けれどそれに気づいた邪神によって、ミナは呪いをかけられてしまったわ。両親に愛されないという彼女にとって一番辛い呪いを』
「邪神?」
『あなた達が先刻、黒い女神と呼んでいたものよ』
「その黒い女神…邪神がミナに呪いをかけたと…」
「———ミナの母親が聞いた声の持ち主か」
『邪神はこの国を狙っている。復活する度に私の力を与えた〝金の王子〟によって封印されてきたけれど…百年も経てばまた復活する。私はその繰り返しをここで終わりにしたい』
ミナはアルフォンスを見上げた。
『ミナが必要なの。呪いによって封じられた彼女の魂が持つ力が』
「———どうしたらミナの呪いは解けるのです」
『ミナの心に絡まりついていた邪神の呪いは綻びつつある。もう少しすれば私の力で呪いを消す事ができるわ』
金色の瞳がアルフォンスを見上げた。
『金の王子。それまであなたの力でミナを、彼女の心を蝕もうとする黒い影から守りなさい』
「黒い影…」
『そしてあなたとミナの力を合わせ、邪神を消し去るのです。それがあなた方の使命です』
「…承知いたしました」
アルフォンスは頭を下げた。
『それから、もう一つ』
ミナは頭を巡らせるとリゼを見た。
『———あなたにも、苦労をさせたわね』
リゼを見つめる金色の目が細められた。
『あの魔女も邪神の力の一部。目的は金の王子を殺す事だったの』
「アルフォンス殿下を?!」
一同が騒ついた。
『邪神に光の王子は殺せない。だから兄を操り弟を殺させようとしたの』
「そんな恐ろしい事を…」
『王太子を魅了したけれど、彼のあなたへの想いが強くて完全には魅了しきれなかったようね』
「…そうでしたか」
『私達は神と呼ばれ崇められていて、人間より多い力を持ち人間には出来ない事が出来るけれど万能ではない。———ここで邪神を消滅させなければ、この国は邪神に乗っ取られてしまう』
ミナは両手を胸の前で重ねた。
『私もミナを召喚し、金の王子に力を与えて自身の力が減ってしまった…こうやってミナを通じてあなた達と会話をするのも精一杯なの』
そう言うと、一同を見渡す。
『今少し、あなた達で頑張りなさい』
ミナが一瞬金色の光に包まれると、その身体がふらりと揺れた。
「ミナ!」
リゼが身体を支えると、はあ…と息を吐いて水色の瞳がリゼを見た。
「ミナ…大丈夫?」
「…はい」
こくりとミナは頷いた。