44 ローゼリア
「国内各地で魔物の増加が確認されている」
翌日、座学の授業でライプニッツ先生が言った。
「夏季休暇中、領地に戻った時に聞いたり遭遇した者もいるだろう。原因は魔術団と教会の方で調査している」
「教会もですか?」
誰かが尋ねた。
「ああ。どうやらこれは五年前の魔女の件と関係があるらしい」
魔女という言葉に教室内が騒めいた。
「魔物の討伐には魔術団と騎士団が当たっているが、今後王都近郊に関しては学園の方からも応援を出す事もあるかもしれない。といっても行くのは二年生だが、場合によってはこのクラスにも応援要請があるかも知れない。覚悟しておけよ」
放課後、ミナは図書館へ向かっていた。
午前の座学は最近の魔物増加やそれに関する国内の情勢について説明があった。
アルフォンスや父親が侍従長であるフランツィスカによると、王宮でもそれらの件について忙しくなっているようだ。
午後の実技は対戦だったのだが、エドモントが対戦相手のアルフォンスに対し、いつも以上の対抗心を見せていた。
元々実力はアルフォンスの方が上だったが、今日はエドモントが最初から最後まで優位に進め、勝利したのだ。
対戦を終えるとエドモントはすぐミナの元へとやってきた。
「どうだった」と聞かれたので、気づいた事などを伝えると、それに対してエドモントが意見を答える。
そうやってしばらく二人で話し込み———「殿下より強くなるから」と言葉を残してエドモントが離れると、すかさずフランツィスカが寄ってきた。
「ねえ、今のどういう事?」
「どういうって…」
「もしかしてエドモント様と何かあったの?!」
目を輝かせながら尋ねる、鋭い友人からの追及を何とかかわしたが、放課後も何か聞きたそうなのを察し、逃げるように図書館へと向ったのだ。
「———ちょっと」
通路を歩いていると背後から声をかけられ、ミナは立ち止まった。
振り返るとローゼリアが立っていた。
(うわ…早速来た)
昼休みに会ったエマとハンナに、ローゼリアがミナの事を聞いてきたと聞かされていた。
その時、「モブのくせに」とミナに対して怒りを隠さなかったという。
「あんた、何なのよ」
「何とは…」
「平民のくせに魔力が強いし、水魔法でアルフォンス様やエドモント様と同じクラスなんて。そのポジションは私のものなのよ」
腕を組んで仁王立ちするローゼリアは、まるで悪役令嬢のようだった。
(やっぱり彼女がヴィルヘルミーナになるはずだった…?でもそれにしては魔力が少ないような)
「…何の話ですか」
「モブのくせに生意気なのよ」
「モブ…?」
「ヒロインは私なのよ!」
ローゼリアは目をつり上げた。
「まったく、どうして何もかも上手くいかないの?!」
(ああ…そうか、この人も邪神の犠牲者なんだ)
ミナの代わりにローゼリアとして生まれて。
けれどヒロインとしての役目を果たす事が出来ずに。
…前世の知識がなければ、まだ一令嬢として生きられただろうに。
「…あの…」
「———そうよ、あんたがいるからよ」
ゆらり、とローゼリアから黒いモヤのようなものが立ち上った。
その嫌な気配にミナの背筋がぞくりと寒くなる。
(…何…これ…今までこんな気配…感じた事なかったのに)
ただならぬ気配にミナは思わず後ずさった。
「あんたさえいなければ…」
じわりと黒いモヤが広がっていく。
逃げなければ。
そう思うが足がすくんで動けない。
(呑まれる…っ)
モヤがミナへと覆いかぶさるように襲いかかってきた。
「ミナ!」
次の瞬間、ミナの身体を金色の光が覆った。




