42 二学期
(あれは…)
ライプニッツ先生との話が終わり、ミナは寮へと向かっていた。
通路から見える先に二人の人影が見えた。
一人はローゼリア、もう一人は…
(エドモント様?)
こちらからは後ろ姿で顔が見えないが、あの銀髪と雰囲気はエドモントで間違いないようだった。
あの二人に接点はないはずだが…遠目から見る限り、ローゼリアがエドモントに何かを訴えているように見えた。
(本当は…私がローゼリアとして生まれるはずだったのよね)
女神の言葉を思い出す。
すると…あのローゼリアは本当はヴィルヘルミーナとして生まれる予定だったのだろうか。
その事を彼女が知ったらどう思うのだろう。
やはりショックだろうか。
———知った所で身体が元に戻る訳でもないのだけれど。
(それとも…もしかして呪いが解けたら身体が入れ替わるとか?でも今更そんな事になっても困るし…)
つらつらと考えていると、くるりと振り返ったエドモントと目があった。
「…ミナ」
どこかホッとしたような表情になると、エドモントは足早にミナの方へ向かってきた。
「エドモント様!」
「———俺はお前と関わる気はない。行くぞミナ」
追いかけてきたローゼリアにそう言い捨てると、エドモントはミナを促し歩き出した。
「まったく、鬱陶しい」
「…何かあったのですか」
不機嫌そうなエドモントにミナは尋ねた。
「突然あの女が現れて訳の分からない事を言い始めたんだ」
エドモントはため息を吐いた。
「訳の分からない?」
「俺の事を知ったような口調で、兄の事だの…〝貴方は自分らしく生きればいい〟だの。まったく、気味が悪い」
(それって…確か小説であったセリフじゃ)
魔術師として自分よりも優秀な兄の代わりに家を継ぐ事にプレッシャーを感じていたエドモントに、ヒロインがそう言うのだ。
その言葉で心が軽くなったエドモントは、ヒロインを異性として意識し始めて…アルフォンスと三角関係のような感じになったと思う。
(ローゼリアは小説をなぞろうとしたのかしら…でもこれまで接点がない相手にそんな事言われても失礼だろうに)
あれは、それまでのエドモントの努力を見てきた上での言葉だ。
違うクラスの知らない相手に突然言われたら、警戒されるだけだろう。
「———ところでミナ」
どうにかローゼリアに、ここは小説とは違うのだと伝えられないかミナが考えていると、エドモントが立ち止まった。
「兄から聞いた。お前、フォルマー侯爵の娘だったんだな」
「あ…はい…」
ミナは頷いた。
「……アルフォンス殿下と婚約するのか」
「え?ええ…と…」
ミナは首を傾げた。
「…そういうお話は出ていますが…まだ分からないです」
「決まってないのか」
「はい…」
「…お前は殿下と婚約したいと思っているのか?」
「え?」
エドモントの言葉に、ミナはさらに首を傾げた。
「…私はずっと平民として生きていたので…いきなり婚約といわれても…」
というか色々な事が起こりすぎて、そこまで気が回らないのだ。
「…恋愛感情はないのか」
小さく呟くと、エドモントはミナを見つめた。
「———じゃあ、お前が俺の婚約者になる可能性もまだあるんだな」
「え」
唐突な言葉にミナは目を見開いた。
「…父に、婚約者を決めろとうるさく言われているのだが。貴族の女は嫌いだ。…それまで見向きもしなかった俺が兄の代わりに跡継ぎになると決まった途端寄ってくるような、人を肩書きでしか見ないような連中は。でもお前はそういうの気にしないだろう?」
エドモントはふと顔をそむけた。
「…あとは単に、俺はお前がいい」
告白とも言えるようなエドモントの言葉に、ミナの瞳がさらに大きく見開かれた。
「———確かに俺は兄の事で迷っていたし、お前にも八つ当たりのような事をした。…でもお前が大切な事を認識させてくれた。先ずは一人前の魔術師にならなければならないと」
エドモントは再びミナを見た。
「…これからも道を迷わないように、隣にいて欲しいんだ」
耳を赤くしながらも、ミナを見つめてエドモントは言った。




