41 二学期
「ただいまー!」
「ミナ、久しぶり!」
「二人ともお帰りー」
二学期の始まる前日、家に帰っていたエマとハンナが寮に戻ってきた。
「家はどうだった?」
「ずっと手伝いさせられて大変だったよ」
「ホント、日焼けするし。学園で勉強してた方がずっと楽よ」
エマはそう言ってため息をつくと、ミナをじっと見た。
「…そういうミナは何か綺麗になったね」
「え?」
「そう、雰囲気が変わったというか…。大人びたともまた違うような…」
「上品になった?」
「あーそうかも。お嬢様っぽい」
「…そう?」
ミナはぎくりとした。
———この五日ほどフォルマー侯爵家に滞在していたのだ。
侯爵家では毎日ドレスを着せられ、貴族令嬢として扱われて、自然と仕草や言葉遣いなども改まっていたため、まだその気分が残っているのかもしれない。
五日間家にはいたが、両親との距離はあまり縮まらなかったように思う。
兄には酷く扱われた記憶がないので割と自然に接することができたが、親…特に母親には、どうしても過去の記憶が邪魔をして警戒してしまう。
それでも、母親に対するトラウマを克服しなければ魔術師にはなれないという気持ちから、なるべくミナから話しかけたりするようにはしていたのだが。
結局ぎこちないまま夏休みが終わってしまった。
家族からは家から学園に通うよう言われたが、今はまだ平民ミナとして通いたいと寮に戻ってきた。
せっかく出来た友人達と離れるのが名残惜しいというのもある。
———自分が本当は貴族なのだと知られたら、彼女達はどう思うのか。
その反応を知るのも怖かった。
「お土産持ってきたよ。うちで採れた果物だけど」
「私も。外国の珍しいお菓子だって」
「わあ、どっちも美味しそう」
「早速食べようよ」
「お泊まり会しよう!」
「…明日は授業だよ」
「いいじゃん、久しぶりなんだし」
「早く寝れば大丈夫だって」
(ああ…この感じ、やっぱり楽しいな)
フランツィスカがミナ達の『お泊まり会』をとても羨ましがっていたのを思い出した。
———このまま平民として生きられたらいいのに。
それが叶う事は難しいと分かっているけれど、思わずミナはそう願った。
「今日はこれで終わりだ。ミナは残れ」
二学期初日。
午前は一学期に学んだ事を覚えているか確認するための座学のテスト、午後は実技で個々の技術の確認を行った。
授業が終わると、ミナは先生と共に指導室へ向かった。
「昨日、エーミール殿が来てミナの件で話を聞いた」
指導室へ入るとライプニッツ先生は言った。
「全てを聞いた訳ではないが…ミナの力について、神殿の方で調査していく事になったそうだ」
「…はい」
ミナは頷いた。
それはミナも何日か前に聞かされていた。
「これまで通り学園で学ぶが、神殿から呼び出された時はそちらを優先させるようにとの事だ。———生徒を守る立場から言うとあまり負担になる事をさせたくはないが、王命でもある以上仕方ない」
「…分かりました」
「それから、今後学園の外に出る時は必ず護衛を付けるようにとの事だ」
「護衛…?」
ミナは思わず顔を引きつらせた。
「貴族ならば誰でもする事だ。お前は貴族に戻るのだろう?」
「…ええと、それはまだ…」
「家族とは会ったのだろう」
口ごもったミナに、ライプニッツ先生は尋ねた。
「…はい」
「和解は出来たのか」
「———はい…一応」
「一応?」
「…頭では…もう昔とは違うと分かっているんですけれど……どうしても母に近づくと身体が反応してしまって…」
ぎこちないながらも母親と会話は出来るようになったのだが。
触れられるほどに近づくと身体が拒否してしまうのだ。
「まあ…それは仕方ないだろう。幼い頃から刻みつけられた傷なんだ、そう簡単に消えるものではない」
ライプニッツ先生は労わるように笑顔を向けた。
「自分の弱さと向き合い、克服した者の方がいい魔術師になれる。だからお前もしっかり自分の心と向き合っていけ。迷う事があれば遠慮なく俺に相談しろよ」
「———はい。ありがとうございます」
ミナもようやく笑顔で答えた。




