39 女神
「ふう…」
王宮のふかふかのベッドに沈み込むとミナは息を吐いた。
すっかり遅くなったのと、今日は疲れただろうと部屋を用意してもらったのだ。
「…本当に、今日は色々あった…」
家族との再会、女神の神託、それにドレスに王族との晩餐。
晩餐には王妃も同席した。
王家との食事はかなり緊張したけれど、教会でシスターに淑女教育を叩き込まれたおかげでなんとか乗り切る事ができた。
…むしろミナのそつのない所作に、どうやって身に付けたのか訝しがられるほどだった。
これなら貴族令嬢としても問題ないわねと、王妃にも褒められた。
———元王太子の婚約者に仕込まれたのだ、問題があるはずもない。
夏休みの間に一度家に帰るという話にもなった。
こうやって、少しずつ『ミナ』は『ヴィルヘルミーナ』となっていくのだろう。
「———貴族に戻ったとして…これからどうなるんだろう」
はあ、とミナはもう一度ため息をついた。
晩餐の席でもミナとアルフォンスの婚約の話が出ていた。
互いの親達はすっかりその気で、ハルトヴィヒも賛成している。
そしてアルフォンスも…その前までは頑なに婚約という事を拒み続けていたのが、どこか歯切れが悪かった。
本当に、婚約するのだろうか。
———そうしたら小説と同じになる。
けれど…
(この世界は…本当に小説の世界なのかしら)
確かにミナも含めて小説に出てきた者達は多いし、同じ出来事も起きている。
けれど小説とは別の事も起きている。
ミナが平民になった事もだし、『空の乙女』などという存在がいる事もだ。
(女神の神託なんて…小説になかったと思う)
小説の記憶はあやふやだけれど、この国を救うのはアルフォンスと『聖女』だ。
けれど聖女となるべきヒロイン、ローゼリアは小説とは属性も違うし魔力も、性格も違う。
そしてミナもまた、小説とは違うのだ。
ヒロインが持つべき属性を持つミナ。
聖女ではなくて空の乙女。
これでは、まるで…
「入れ替わっているみたい…」
そう呟いた瞬間、ミナの目の前が真っ白になった。
「え?」
ミナは慌てて上体を起こすと周囲を見回した。
真っ白だった。
壁も床も、ベッドも何もなく…ただただ白いのだ。
「何これ…」
『ミナ』
ミナの脳裏に声が響いた。
『ミナ…良かった。やっと接触できました』
「え…誰…?」
(この声…どこかで?)
『ミナ…ごめんなさい。あなたの望みを叶えると言ったのに…こんな事になってしまって』
「え…あ、あの時の…」
〝あなたの望みを与えましょう。こことは別の世界で〟
この声は確かに、前世のミナが死ぬ直前聞いた声だ。
〝あなたは生まれ変わるのです。人を愛し、愛されて世界を守る存在として〟
そう言った、この声の持ち主は———
「まさか…女神?」
『この国の人々は私をそう呼ぶわね』
「え、あの…これは一体…」
女神がミナをこの世界に転生させたというのだろうか。
望みを叶えられなかったとは?
分からない事、知りたい事が多すぎてミナの頭の中がぐるぐるする。
『そう、どこから説明しましょうか。———私はこの国を守るためにあなたを別の世界から連れてきたのです』
声は静かにそう告げた。