38 女神
「わあ…」
鏡に映る自分の姿に、ミナは目を見開いた。
(すごい、悪役令嬢ヴィルヘルミーナだ!)
侍女達の手により着飾ったその姿は、完全に貴族令嬢だった。
たっぷりのドレープが入った青いドレスに、ダイヤモンドやアクアマリンをちりばめたネックレスとイヤリング。
アップにした髪型と初めての化粧で、普段幼く見える顔は随分と大人びて見える。
普段のミナからは想像もつかなかったその容姿は、髪色以外は小説の挿絵や漫画で見たヴィルヘルミーナにそっくりだった。
「別人みたい…」
「本当に、とても綺麗だわ」
様子を見に来たフランツィスカが頷いた。
「…これで意識しなかったら鈍いにも程がありすぎるわね」
「え?」
何やら呟いたフランツィスカに首を傾げると、ミナは改めて自分の顔を見た。
「…お化粧ってこんなに顔が変わるのね」
「大人びて見えるようにいたしましたからね」
化粧を施してくれた侍女が言った。
「眉の描き方一つでも印象は変わります」
「そうなんですね…学園行くときもお化粧してみようかな」
貴族令嬢達は学園でもしっかり化粧をしている。
前世でも化粧などした事がなかったため、ミナにとっては未知の世界だった。
「あ…それは止めた方がいいわ」
フランツィスカが言った。
「ミナがお化粧なんかして行ったら男子達が授業どころではなくなるわ」
「…そうなの?」
「そうやって首を傾げる仕草もずっと色っぽいわよ」
(色っぽい…?)
自分にそんな要素があったのか。
———確かに小説のヴィルヘルミーナは大人っぽいイメージだったけれど。
(あれは化粧で作られていたのね…)
化粧の力に感心していると、ドアがノックされる音が聞こえた。
「ミーナ、準備は…」
入ってきたアルトゥールはミナの姿を見ると目を細めた。
「ああ…似合っているよ」
「…ありがとうございます」
「父上と母上も来ているんだけれど」
ぴくりとミナは震えた。
「どうする?入ってもいい?」
「…はい」
アルトゥールが外に向かって声を掛けると、すぐに両親と、その後からアルフォンスが入ってきた。
「ああヴィルヘルミーナ…とても綺麗だわ」
「本当に…」
「……ミナ?」
涙ぐむ両親の後ろで、アルフォンスは目を見開いて固まっていた。
「…本当に…こんなに大きくなって…」
先刻ミナが怯えたせいだろう、夫人は側に寄ろうとはせずに、入り口近くに立ったままミナを見つめていた。
「アルトゥールから聞いた。出来る限りの事はするから、何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「…はい。ありがとうございます…お父様、お母様」
侯爵の言葉にそう返して、ミナはドレスの裾をつまんだ。
「———よろしくお願いいたします」
そう言って深く頭を下げる。
他人行儀だけれど、今のミナにはこれが精一杯だった。
「…ああ」
それでも侯爵は嬉しそうに頷いた。
「それでは行くとしよう。殿下、ヴィルヘルミーナのエスコートをお願いいたします」
「あ、ああ」
ミナに見惚れていたアルフォンスは我に返ると、ミナへと手を差し出した。
「———随分と…化粧で変わるものだな」
手を取ったミナをつくづくと見てアルフォンスは言った。
「…はい…自分でも驚いています」
ちらと見た鏡に映るミナとアルフォンスの姿は、小説の挿絵そのものだった。
「そのままでも十分だが…化粧をした顔というのもまた別の美しさがあるのだな」
「…あ、ありがとうございます」
アルフォンスのストレートな言葉にミナの顔が赤くなる。
「アルトゥール様、その顔は何なんですか」
複雑そうな表情のアルトゥールにフランツィスカはくすりと笑ってそう言った。




