37 それぞれの心
「お前は神託の事を知っていたのか」
ハルトヴィヒは自身の執務室に戻るとエーミールにそう尋ねた。
「最近司祭長から呼び出しを受け、水色の魔法を持つ娘について内密に調べたいと言われまして…。その時に聞きました」
エーミールは魔物討伐よりも研究が得意であり、その知識は教会からも一目置かれている。
魔女に魅了された他の者達が表舞台から消えた中、彼が魔術団の中で高い地位を持つのもその能力のおかげだ。
「それよりも殿下」
エーミールはハルトヴィヒに向いた。
「アンネリーゼ嬢が見つかったのですか」
「…何故そう思う」
「貴方が心に決めた相手など、一人しか考えられませんからね」
「———先日調査に行った先の教会にいたんだ」
ハルトヴィヒは思い出すように視線を宙へ向けた。
「驚いたよ。彼女がミナに魔法を教えたシスターだった」
「ミナに?」
ハルトヴィヒは調査先での事をエーミールに説明した。
「なるほど…それなら納得ですね」
エーミールは頷いた。
「アンネリーゼ嬢はとても優秀でしたから」
「…お前達はいつも成績争いをしていたな」
「筆記では一度も勝てませんでしたね」
アンネリーゼは公爵令嬢でありながら、魔法に秀で魔物を前にしても恐れる事がなかった。
その知識はエーミールに匹敵するかそれ以上で、王妃になるよりも魔術師になって欲しいと当時の魔術局から熱望されるほどだった。
「それで殿下。公爵にはこの事は…」
「言っていない。彼女が望まなかったからな、もう自分は貴族ではないと」
「…それは前途多難ですね」
再会してしまった以上、ハルトヴィヒがアンネリーゼ以外の女性と婚姻を結ぶ事は考えづらい。
魔女マリーが彼らの前に現れるまで、二人の仲の良さは誰もが認めるほどだった。
特にハルトヴィヒの方がアンネリーゼを慕っていたのだ。
その恋心をあっさりと覆えさせるほどの魅了魔法について———魔女についてと同様、まだほとんど分かっていないのが実情だった。
「…まあ、それはいいとして。それでは教会の方でミナの魔力について調べるのか」
「はい。ミナが神託で示された『空の乙女』である可能性が一番高いのですし、今日の話では魔女に呪いを掛けられた可能性もあるという事ですから」
魔女の魅了魔法を解いたのは教会の力だ。
その魔女とミナに関わりがあるというのならば、この件は魔術団ではなく教会が主体となって動くのだろう。
「そうか…」
「何か不都合でも?」
「———アンネリーゼと約束したんだ、ミナを研究対象にして心を潰すような事はさせないと。彼女にとってミナは妹のような存在らしい」
「そうですか」
「…確かに、アンネリーゼとミナは姉妹のように仲が良かった。———ミナの存在でアンネリーゼの心が少しでも救われていたのならば、私はミナを守らないとならない」
「分かりました、司祭長に伝えますが…」
そう言って、エーミールは思案するように顎に手を当てた。
「そうですね…それならば、アンネリーゼ嬢にも研究に参加していただくのはどうでしょう」
「何だと?」
「アンネリーゼ嬢の強みは知識量だけでなく洞察力や発想力にも優れている所です。是非彼女の力をお借りしたいですね」
「…だがアンネリーゼがそれを受け入れるか…」
「大切な妹のためならば協力してくれるのではないですか?それに司祭長からの命であれば『シスター』は断れないでしょう」
「…お前は本当に手段を選ばないな」
「結果を出さなければ任務を果たせませんからね」
エーミールは笑顔でそう言って…ふと真顔になった。
「———それに、あれからもう五年です。殿下もいい加減『魔女』から解放されなければ」
「…そうだな…けりをつける必要はある」
どこか遠くを見つめながら、ハルトヴィヒは言った。




