36 それぞれの心
「———本当にミーナが無事で良かった」
ミナを見送って、アルトゥールは振り返った。
「ところで殿下。お聞きしたい事があるのですが」
「何だ」
「妹の事をどうお思いで?」
「どうとは」
「陛下が言っていたではないですか、婚約させたらどうかと」
「…またその話か」
アルフォンスはため息をついた。
「今はまだ婚約者を作るつもりはない」
「では、婚約の事は別にして。どう思っているんです?」
アルトゥールはじっとアルフォンスを見据えた。
「…どうもミーナに対して距離が近すぎる気がするのですが」
「そうか?」
「無闇と触れるのはやめて頂きたいですね」
「そんなに触れていたか?」
「自覚がないんですか」
「あー、アルトゥール、落ち着け」
フリードリヒが口を挟んだ隣でフランツィスカが小さく吹き出した。
「…フラン」
「だって…アルトゥール様のそんな顔、初めて見たんですもの」
笑いを堪えながらフランツィスカは言った。
「そんな顔?」
「アルトゥール様って、いつも穏やかでお優しいのに。ミナの事だと殿下に噛みつくんですね」
「…離れていた妹に悪い虫が付いていないか心配するのは当然だろう」
「殿下は悪い虫なのか」
「アルトゥール様は、ミナの相手が殿下では不満なんですの?」
「ミーナによくない影響を与えるのならば、殿下であろうとそれは悪い虫だな」
「…お前、面倒くさい小舅だったんだな」
「それで、どうなんです」
呆れ顔のフリードリヒを横目に、アルトゥールは再度アルフォンスに尋ねた。
「———ミナは…そうだな」
アルフォンスは口を開いた。
「気がつくと、視界に入っているんだ」
「視界に?」
「ああ、あの黒髪が目立つからか…。それから…彼女が側にいると、心が穏やかになるな」
「…それは黒髪が目立つのではなくて目で追っているからでは…」
「ホント、鈍すぎて無自覚なんですのね」
「———そうですか」
アルトゥールは頷いた。
「ミーナの今後については本人の幸せを最優先に考えたいので。殿下の事も選択肢の一つとして考えておきます」
「殿下以外に釣り合いそうな者などいるのか?」
フリードリヒは首を傾げた。
「それは探せばいるだろう。例えばアーベントロート侯爵家とかな」
「魔術団長の息子?」
「ミーナの魔法は特殊なのだろう?魔法に明るいアーベントロート家ならば頼りになる」
「…その考えもあるのか…」
「アーベントロート…エドモント?」
アルフォンスが口を開いた。
「だが…彼はミナの事は…」
「———ああ、それもありかもしれませんわ」
フランツィスカは一同を見渡した。
「エドモント様は最初はミナに反発していましたけれど、最近は同じ後衛として上手くやっているようですし…それに」
アルフォンスに視線を止めると口角を上げる。
「時々、ミナの事を見つめているんですよね。あれは好意がある目ですわ」
「エドモントが…ミナに?」
「…ああ、それは強力なライバルですね殿下」
目を見開いたアルフォンスを横目で見ると、フリードリヒは妹に向いた。
「それで、ヴィルヘルミーナ嬢は誰か好きな人がいるのか?」
その言葉にアルトゥールがぴくりと反応した。
「…特にいないと思いますわ。彼女は勉強第一でそういう事まで気が回っていないようなので、ご安心下さい、アルトゥール様」
笑顔でフランツィスカはそう言った。




