35 それぞれの心
(またやってしまった…)
実戦の時に号泣して意識をなくしてしまうという情けない事をやらかしたのに。
また人前で…号泣してしまうなんて。
アルフォンス達は自分をどんな顔で見ているのだろう。
それを考えると埋めたタオルから顔をあげられないミナの頭を、アルトゥールがずっと撫でている。
ようやく触れてもらえた肉親の温もりは嬉しいけれど…人前では流石に恥ずかしい。
意を決してミナは顔を上げた。
「落ち着いた?ミナ」
フランツィスカが声をかけた。
「…はい…すみません…」
「目が赤くなってしまったね」
アルトゥールがミナの顔を覗き込んだ。
「冷やしたら治るかな」
「あ…これは、自分で治します」
ミナの身体が一瞬淡い光に包まれた。
実戦で泣いた翌日も、こうやって目の腫れを治したのだ。
「…これがミーナの魔法なんだね」
アルトゥールは目を細めた。
「確かに空の色だ」
「綺麗な色ですね」
フリードリヒも頷く。
「———ミーナ。家に戻ってくる気はある?」
兄の言葉にミナは視線を落とした。
「…それは…」
「今日ここに来る前は、ミーナの望み通りにしようと父上達と話していたんだ。私達にミーナを束縛する資格はないからね。だけど先刻の神託の話を受けて陛下達と話をしたんだけど、本当にミーナが『空の乙女』ならばこの国にとってとても重要な人物として強力な後ろ盾が必要なんだ」
「後ろ盾…?」
「神託の事はまだ秘密だけれど、近いうちに知られるだろう。そうなればミーナを手に入れようとしたり利用しようと目論む者が出てくる。それは分かる?」
「…はい」
「平民のミナを貴族が手に入れるのは簡単だ。けれどフォルマー侯爵家の娘ならばそうは手が出せない。これも分かるね?」
「———はい」
ミナは頷いた。
平民として生きていたから、貴族との力の差は良く分かっている。
「だからミーナの安全のためにも、家に帰ってきて欲しいんだ」
ミナも王宮に来るまでは、この先も平民として生きていくつもりだった。
けれど確かに…本当かは分からないけれど、ミナが『空の乙女』である可能性がある以上、今の身分では危険だというのは分かる。
けれど…
「私は…まだ、お母様が怖いです」
ミナは手を握りしめた。
「覚えているんです…お母様が……」
暴言の事、手を上げられた事。
母親の声を聞き、その顔を見た瞬間あの頃の恐怖が蘇ってしまった。
母親の言動が呪いのせいだったとしても…それですぐに忘れられるものでもない。
「そうか…そうだな」
「———だがミナ」
アルフォンスが口を開いた。
「その母親への恐怖心を克服しないと魔術師にはなれないのだろう」
はっとしてミナは顔を上げた。
「それには母親と向き合わなければならないのではないのか?」
「…そう…ですね」
「辛いだろうけれど、向き合っていかなければ」
「…はい」
「殿下。あまり妹を追い詰めないでもらえますか」
アルトゥールは眉をひそめた。
「私はミナのためを思って言ったのだが」
「ですが…」
「お兄様」
ミナはアルトゥールを見た。
「殿下の言う通りです…。そもそも私はそれを克服するために家族と会おうと決めたんです。だから…」
決意するようにもう一度手を握りしめる。
「克服できるよう頑張ります。家にも…お世話にはなります。ですが、私がフォルマー家の娘である事を明かすのは…まだ待ってもらえますか」
身の安全を考えれば侯爵令嬢に戻るのがいいと、分かっているけれど。
まだ心が追いついていかなかった。
「…そうか、分かった」
アルトゥールはミナの頭を撫でた。
「ミーナの望むように。どんな形でも私達は全力でミーナを守るからね」
「ありがとうございます、お兄様」
ミナは微笑んだ。
「失礼いたします」
ドアがノックされると数人の侍女が入ってきた。
「ヴィルヘルミーナ様、お着替えがございますのでご移動願えますか」
「…着替え?」
唐突な言葉にミナは目を丸くした。
「ああ、そうだった。陛下が晩餐を共にしたいと言っていたんだ」
アルトゥールが思い出したように言った。
「せっかくだから着替えておいで」
「え…?」
(晩餐…って夕飯を一緒に食べるって事?!着替えって?!)
「さあヴィルヘルミーナ様」
侍女の一人がミナの腕を取って立ち上がらせた。
「え…あの?!」
「ミナ、後で様子を見にいくわ。綺麗にしてもらってきて」
フランツィスカの声を背にミナは部屋から連れ出されていった。




