34 それぞれの心
ミナ達は控えの間へと戻ってきた。
「お疲れでしょう」
フリードリヒが紅茶を差し出した。
「…ありがとうございます」
温かくて香りの良いお茶を飲むと、ミナはほうと息を吐いた。
「…色々重い話が多かったけれど」
やはりお茶を飲んで息をついたフランツィスカが言った。
「女神の神託なんて、私が聞いても良かったのかしら」
「いいんじゃないのか、フランツィスカはフォルマー家に嫁ぐのだから身内のようなものなのだし」
「…それにしても…ミナに呪いだなんて」
フランツィスカはミナをじっと見つめた。
「どこか具合が悪いとかはないの?」
「いいえ…何も」
ミナは首を振った。
呪われていると言われても、実感は何もないのだ。
「それで殿下。婚約の話はどうするのですか」
フリードリヒはアルフォンスに尋ねた。
「…だからその話は」
「宰相家のご令嬢なんて引く手数多ですよ」
そう言ってフリードリヒはミナを見た。
「ヴィルヘルミーナ嬢の存在が公になれば婚姻希望者が殺到するでしょうね」
「そうね。家柄は申し分ないし見目も良いし。学園でもミナの人気は高いのよ、平民でもいいからお嫁に欲しいって声も聞いた事があるもの」
「え…」
ミナは絶句した。
自分がそのような対象になるなど、考えた事もなかったのだ。
「だそうですよ殿下。早くしないと他の者に取られますね」
フリードリヒの言葉に、アルフォンスはミナを見た。
黒い瞳がじっとミナを見つめる。
「…私は———」
その時ドアをノックする音が響いた。
「ヴィルヘルミーナ嬢」
応対に出たフリードリヒが戻ってきた。
「アルトゥールが会いたいと言っていますが。どうします?」
「……はい…お願いします」
ミナは戸惑ったように視線を彷徨わせたが、やがて頷いた。
「ミーナ」
部屋へと入ってきたアルトゥールはミナの前へと立った。
「…お兄様」
「ミーナ…無事で良かった」
アルトゥールはほっとしたような顔を見せた。
「…いい人達に恵まれていたんだね」
そっとミナの頬へと手が伸びる。
「家にいた頃はいつも怯えた顔をしていたけれど…今のミーナは、とてもいい目をしている」
「…お兄様…」
「ごめんねミーナ…家族らしい事を何もしてあげられなくて」
水色の瞳が大きく見開かれた。
「わ…たし…」
大粒の滴が頬を伝った。
「みんなで…一緒に…ごはん、食べたかったの」
「ミーナ…」
「ずっと…寂しかったの。お父様に…名前、呼んで欲しかった。お母様に…抱きしめて欲しかったの」
それは家族ならば手に入るのが当然であるべきものなのに。
ミナは一度も与えられる事がなかった。
前世でも———そして今世でも。
「…お兄様と…遊んでみたかったの」
生まれてから一度も子供らしい事が出来なかった八年間の寂しさは、その後共に暮らした養父や孤児院の人達からの愛情だけでは満たされないものだった。
「ミーナ…!」
アルトゥールはミナを抱きすくめた。
「ごめん…ごめんねミーナ」
「…お兄様———」
大粒の涙を溢しながらミナは兄に縋りついた。