33 神託
「父上。女神の神託などという重要な事を何故黙っていたのですか」
ハルトヴィヒが尋ねた。
「余計な混乱を避けるためだ。国難に陥るなど、民に知られればどうなるか分かるであろう」
「ですが…」
「それに神託に乗じて反乱を起こそうとしたり、『空の乙女』の偽者を擁しようとする者が現れる事もあろうからな。王家への神託はそう容易く明かせぬものだ」
「———それで陛下…」
侯爵が口を開いた。
「ヴィルヘルミーナがその『空の乙女』であると?」
「娘の瞳と魔法は空の色、それにその魔法はアルフォンスの光魔法に似た気を持つとの報告も受けている」
国王は司祭長の後ろに控えるエーミールに視線を送った。
「神託が降りた時、つまりアルフォンス殿下が生まれた前後にいくつかの異変が起きている事を確認しています」
エーミールが言った。
「ただの平民であった魔女マリーの変化、各地で一時的に魔物が増えたり大きな地震が起きたとの記録もあります。そしてミナが生まれたのも殿下と同じ日ですね」
「…ああ、そうであったな。あの日はこれまで見た事のないほどの大きな虹がかかっていた」
「さよう。神託が降りたすぐ後に虹がかかり…アルフォンス殿下が生まれたのだ」
侯爵の言葉に司祭長が頷いた。
「…ああ———思い出したわ…」
侯爵夫人が声を上げた。
「カサンドラ?」
「あの時…声が聞こえたの」
「声?」
「〝我が望みを妨げる忌まわしい魂をこの娘の中に封じる。魂を生かすな、弱らせろ〟と…そうよ…ずっとその声が響いて…この娘は呪われた娘だ…憎めと……」
夫人は床へと崩れ落ちた。
「ヴィルヘルミーナが生まれてから…ずっと頭の中に響いて…それで私は———」
「カサンドラ」
侯爵が夫人の体を抱きしめた。
「我が望み…?」
「魂を封じる?」
「…それが呪いか?」
「どういう事だ」
「侯爵夫人。その声は女の声でしたか」
エーミールが尋ねた。
「…女性でしたけれど…低くて…恐ろしくて…」
「———つまり…魔女が将来邪魔になるミナに呪いをかけ、家族に害させるようにしたと…?」
アルフォンスが言った。
「そう推測できますね」
エーミールが答えた。
「断言するには早いですが。そもそも魔女とは何なのかが分かっていないのですよ」
(魔女…)
魔女とは何だったろうか。
(ああもう…確かに小説にその事もあったはずなのに)
どうして思い出せないのだろう。
記憶を辿ろうとしても、黒いモヤがかかったように見えなくなるのだ。
自分は本当に『空の乙女』なのか。
国難を救う…そんな力が本当にあるのか。
(どういう事なの…?私はヒロインじゃないのに…)
しかも呪われているという…
この身体は、自分は一体———
「ミナ」
目の前が暗くなりそうになったミナの肩に手が触れた。
「大丈夫か。顔色が悪い」
アルフォンスが心配そうにミナの顔を覗き込んだ。
「は…はい…」
「突然の話で戸惑わせたか。ひとまずここまでにするとしよう。———ところでアルフォンス」
国王はアルフォンスを見た。
「お前達二人はどういう関係だ?」
「は?」
「随分と親しげに見えるが」
ミナの肩に手を乗せたままのアルフォンスを見て、国王は口角を上げた。
「…級友として、チームのリーダーとして親しくしています」
「それだけか?…フランツィスカ嬢は同じクラスだったな」
国王は端に控えていたフランツィスカへと視線を送った。
「はい。そうですね、殿下はミナの事をとても気にかけていらっしゃいますわ」
にっこりと笑顔でフランツィスカは答えた。
「そうか。どうだ宰相、二人は神託で定められた身で歳も同じ。ちょうど良いであろう」
「は…え、まさか陛下…」
「アルフォンスと釣り合う令嬢がいれば直ぐにでも婚約させたいとお前も言っていたであろう」
(…え…本当に…?)
ミナは馬車の中でフランツィスカに言われた話を思い出した。
「———父上」
強張るミナの隣でアルフォンスがため息をついた。
「その件に関しては、いまはそれどころではないと何度も言っているはずです。それに兄上を差し置いては…」
「私もお前にはミナがいいと思うぞ」
ハルトヴィヒが口を開いた。
「それに私には心に決めた相手がいるからな、順序など気にしなくていい」
「え?」
「殿下?!」
ハルトヴィヒの言葉にどよめきが広がった。
「殿下!それはどなたですか…!」
「未だ言えない。———今の私では彼女に認めて貰えないからな」
ハルトヴィヒはミナと視線を合わせて微笑んだ。
「ミナ。君が妹になってくれたら嬉しいよ」
「…は…あ」
———それはハルトヴィヒの『心に決めた人』がミナを妹のように可愛がっているからだろう。
教会に滞在中、毎晩シスターとハルトヴィヒが会っていたのをミナは知っている。
そしてハルトヴィヒが帰る前日にシスターを抱きしめていた事も。
帰り際、振られたとハルトヴィヒは言っていたが…その後シスターが時折ぼんやりとしていたり顔を赤らめたりしていたのを見ると、二人が復縁する日が来るのかもしれないと思う。
そうすればシスターにとっての妹は、ハルトヴィヒにとっての妹にもなる。
その言葉に含まれる意味を知るミナは思わずじと目でハルトヴィヒを見てしまった。




