32 神託
「ハルトヴィヒ」
国王陛下が隣の息子へと声を掛けた。
「お前は今の宰相の言葉を聞いてどう思った」
「———は…まるで自分の事のようだと」
ハルトヴィヒはそう答えた。
「私があの件で…アンネリーゼを追放した時も同じでした。それまで彼女を放逐する事が正義だと思っていたのに…彼女が消えた途端、まるで目が覚めたかのように、私は一体何をしたのかと呆然となりました」
「それが魔女の存在に気づく切っ掛けだったな」
そう言うと、国王は一同を見渡した。
(え?それって…)
「父上。それは…兄上達のようにフォルマー家の者達も魅了魔法にかかっていたと?」
「魅了魔法とはまた別であろうがな」
アルフォンスの問いに答えると、国王はミナを見た。
「実は今回の話を聞いた時に思い当たる事があってな。———入れ」
声と共にミナ達が入ってきたのとは別の扉が開くと、二人の男性が入ってきた。
一人はエーミール、そしてもう一人はローブに身を包んだ年配の男性だ。
「ヴィルヘルミーナ嬢。私は司祭長を務めるジークムントだ」
年配の男性がミナの前へと立った。
(司祭長…って教会で一番偉い人?!)
「は、はじめまして…ミナです」
「少しよろしいですかな」
司祭長は慌てて頭を下げようとしたミナの額へと手をかざした。
「痛いかもしれないが我慢して下され」
「え…」
司祭長の手がわずかに光ると、バチッと静電気が走ったような衝撃が走った。
「っ…」
「ミナ!」
思わずよろめいたミナの身体をアルフォンスが支えた。
「ふむ…これは…」
「どうだ司祭長」
「———予想通りですな陛下」
司祭長は国王へと振り返った。
「ヴィルヘルミーナ嬢には呪いのようなものがかけられておる」
「呪い…?!」
一同が騒つく。
思いがけない言葉にミナは目を見開いた。
「おそらく髪色が黒いのもそのせいであろう」
「司祭長…それはどういう事ですか!」
侯爵が声を上げた。
(…呪い?私に?)
そんな事、小説にはなかった…はず…
(あれ?でもヴィルヘルミーナは魔女と…何かあった…ような?)
とても重要な事のはずなのに。
思い出せないのだ———小説の中のミナが具体的に何をしたのか。
「それと司祭長。例の件はどうだ」
「は…その可能性が高いでしょう」
「そうか」
頷くと国王は立ち上がり、一同を見渡した。
「これは私と司祭長しか知らない事だが。アルフォンスが生まれた時に女神からの神託が降りた」
国王の言葉に再び騒めきが広がった。
このブルーメンタール王国は、女神が守護する国である。
女神は穏やかな気候と大地の恵みをもたらし、人間が魔法を使えるのも女神の加護によるものだとされている。
そして女神の神託には二種類ある。
一つは教会へ行き、司祭を通して女神へ伺いを立て神託を「授かる」もの。
もう一つは特別な事が起きるような時に女神の意志により「降りる」ものだ。
「その神託とは…」
『古の邪な力によりやがて国難に陥る。だが光の王子と空の乙女がそれを救うであろう』
司祭長が言った。
「邪な力とは魔女の事であろう。あれの呪いにより確かに災難がもたさられた。そして光の王子とはその時に生まれた、光魔法を持つアルフォンスの事というのは分かったが———空の乙女が何者なのか、ずっと分からなかった」
一同を見渡して、国王は最後にミナを見た。
「だが最近水色の魔法と瞳を持つ娘がいるとの話を聞き、もしやと調べさせようとした時に宰相の娘である事が分かった。だがこれまで宰相に娘がいるなど聞いた事がなかったからな、話を聞き———どうやらハルトヴィヒの時と同じ状況ではないかと、この場を設けたのだ」
(空の乙女…?)
ミナは心の中で首をひねった。
初めて聞く言葉だった。
小説の中ではアルフォンスと共に国を救うのは『聖女』で、そのような名前で呼ばれる事はなかったように思う。
(いやそもそも…本当にそれは私の事なの?)
国を救うのはヒロインで、ミナはそれを邪魔する悪役令嬢になるはずだ。
確かにミナの魔法や瞳の色は、空の色と言われればそうだけれど…
どうしてヒロインではなくて自分なのだろう。




