28 シスター
「…殿下」
落ち着きを取り戻すように、シスターは深く息を吐いた。
「王族たるもの、そう簡単に頭を下げないでください」
「———私は君に頭を下げる必要がある」
「それでも、このように他の者のいる前ではおやめ下さい」
「…そうだな」
ハルトヴィヒは立ち上がった。
「ハルトヴィヒ殿下」
しばらくの沈黙の後、シスターは口を開いた。
「あの件の顛末と…その後の殿下達の話はここまで伝わっています。それに関して…正直、色々と思うところはありますが。もう過去の事です」
「アンネリーゼ…」
「どうしても謝罪をしたいとおっしゃるのなら受け取りましょう。それでもう、この話は終わりです」
シスターはそう言うと首を傾げた。
「それで、私に何の御用でしょうか」
「———ああ…。この教会に張られた結界が魔術団に劣らないものだったから術者に会いたいと思ったのだが。君ならば納得だ」
「…そうですか」
「魔法学園でも話題になっているそうだ、ミナに魔法を教えたのは何者かと。ミナの魔法は学生と思えないほどだからな」
シスターはミナへと視線を送ると、再びハルトヴィヒを見た。
「…殿下はミナの事をご存知で…?」
「水色の魔法を使う新入生がいる話は魔術団にも伝わっていてね。先日実戦に同行したが見事だった。エーミールもミナの魔力について調べたがっている」
「———」
シスターはそっとミナの腕を取るとその身体を引き寄せた。
「この子は私にとって妹のようなもの。あの方の研究対象にはさせられません」
「研究対象…?」
「いい?ミナ。エーミール様に関わってはダメよ、あの方は魔法の事になるとおかしくなるから」
シスターの真剣な眼差しに、ミナはこくりと頷いた。
「アンネリーゼ。君はミナの魔法が他の者と異なる事を知っているのか」
「———特別かどうかは分かりませんが。ミナの魔法はとても純粋でいいものだとは思いますわ」
シスターはそう言ってミナを見た。
「大切に育てたこの子を潰すような事はして欲しくはありません」
「…分かった。善処する」
「善処ではなく約束して下さい」
「…ああ、分かった。私の名にかけて約束しよう。———そういう所は相変わらずなんだな、安心したよ」
どこか嬉しそうにハルトヴィヒは言った。
孤児院の子供達とも再会し、お土産を渡して一緒に夕食を取り、ミナは久しぶりの団欒を堪能した。
ミナとの再会は子供達にとっても嬉しく、眠りたがらない子供達を何とか寝かしつけるとミナは寝室を出た。
用意された教会の客室へと向かおうとしてミナはふと足を止めた。
教会と孤児院をつなぐ通路の脇は小さな庭になっている。
そのベンチにシスターが腰かけていた。
「…ミナ」
気配に気づいたシスターがミナを見た。
促されてミナは隣へと腰を下ろした。
「ミナは…侯爵家の出身だったわね」
シスターが言った。
「…はい」
「私もね…公爵家に生まれて、家柄と年頃がちょうどいいという理由で…ハルトヴィヒ殿下の婚約者になったの。殿下の婚約者がどうなったかは知っているでしょう」
「———はい」
「もう…あの時の事なんて過去の事だと思っていたのにね」
シスターは星空を見上げた。
「殿下とお会いしたら…色々と思い出してしまったわ」
「シスターは…」
綺麗な横顔を見つめながらミナは口を開いた。
「…恨んでいますか?その事を」
「———追放された当時はね」
シスターは視線を落とした。
「でもあれは…私にも非があった事だから。嫉妬に目が眩んで…色々な事をやらかしていたわ」
「そうなんですか…」
ミナは前世でやっていたゲームや、小説を通しての悪役令嬢アンネリーゼの事は知っている。
けれど…あの熾烈なアンネリーゼと、ミナが知る優しいシスターが同一人物とは思いにくかった。
「あの頃の私は…何も知らない箱入り娘だったの」
そんなミナの心情を察したのかシスターは言った。
「追放されて、色々と辛い思いもして…それから、人の優しさを知ったわ」
「優しさ…」
「私が身を寄せた教会の人達は、貴族の娘として育ってきた、何も分からなかった私に生きていくのに必要な事を教えてくれたり、親切にしてくれたわ。だから私も彼らへ恩を返すつもりでシスターになったの」
シスターがこの孤児院に来たのは三年以上前…ミナが魔法に目覚める少し前だ。
それまでいたシスターが年齢を理由に引退し、その代わりにやってきたのだ。
その美しさにお姫様が来たと皆騒めきたったものだったが…公爵令嬢で王太子の婚約者という本当にお姫様だったとは。
「…そうだったのか」
ふいに声が聞こえて、ミナとシスターは顔を向けた。




