27 シスター
「お帰りミナ。元気そうで良かった」
ミナを見て目を細めると、神父はその背後へ視線を送った。
「そちらは…」
「魔術団副団長のハルトヴィヒ・ブルーメンタールだ」
「これは…殿下でごさいますか!」
「この辺りで魔物が増えているとの報告を受けて調査に来た。詳しい話を聞きたい」
「は…それではどうぞ、こちらへ」
神父は奥の応接用の部屋へとハルトヴィヒ達を促した。
「この近くの山には以前から魔物がいましたが。最近特に数を増やしているようです」
地図を広げて神父は説明した。
「数だけでなく…その凶暴さも増しています」
「ここに来る途中の森で魔物の群れに遭遇したのだが」
ハルトヴィヒは地図を指しながら言った。
「何と…っ」
神父は息を呑んだ。
「それは知らなかったか」
「はい…昨日も子供達が入っていましたし、人の往来も多いのですがそのような話は一度も…」
「そうか」
「それでは突然あの魔物の群れが…?」
ミナは眉を寄せた。
以前から魔物がいた山も、先日実戦で入った森同様弱い魔物しかいなかったはずなのに。
「山から来たのだろうな」
地図を見つめてハルトヴィヒは言った。
「この山に入って調査しないとならないな」
傍にいた魔術師に何やら指示を出すと、ハルトヴィヒは神父を見た。
「———ところでこの教会は、結界魔法が張られているのだな」
「はい。山にいる魔物がたまにここまで来る事があるので、以前から張っています」
「随分と立派な結界だが、誰が張った?」
「シスターです」
「…ミナに魔法を教えたという?」
「はい」
ミナは頷いた。
「そうか、そのシスターにも話を聞きたい」
「分かりました、呼んできましょう」
「私が…」
「ミナは長旅で疲れただろう、休んでいなさい」
立ち上がろうとしたミナを制して神父は部屋から出て行った。
「ところでミナ。この間の実戦の時は大変だったね」
ハルトヴィヒの言葉にミナははっとした。
「あ、あの時は…ご迷惑をお掛けいたしました」
ミナは深く頭を下げた。
「克服は出来たのか?」
「…いえ…まだです」
「そうか。エーミールが君の魔法について調べたがっているのだが、ライプニッツ先生に断られてしまってね。君の心の不安を取り除くまでは駄目だと」
「…そのような事があったのですか」
先生からは聞かされていなかったミナは目を丸くした。
「ミナ。君は自身の魔法についてどこまで知っている?」
「私の魔法…ですか」
「水色の光は珍しいというのは分かる?」
「はい…」
ミナは頷いた。
「ですが…私の魔法がどう違うかというのは…分かりません」
「そうか」
「失礼いたします」
神父が戻ってきた。
「お帰りなさい、ミナ」
「シスター!」
久しぶりの声にミナは立ち上がると声の主へ駆け寄り、相手へ抱きついた。
「ただいま帰りました!」
「まあ、お客様の前で子供みたいに…」
ガタン、と大きな音が響いた。
「…アンネリーゼ…」
音と声の聞こえた方へシスターは顔を向け…その緑色の瞳を大きく見開いた。
「ハル…ト……さま…」
「生きて…いたのか」
「ど…うして…」
「アンネリーゼ」
ハルトヴィヒはシスターの目の前に立った。
「ああ…無事で良かった…いや、良くはないな」
そう言うと突然膝をつき———その場にいる全員がぎょっとした。
「済まなかった。私のせいで…君には本当に酷い事をした」
「お、おやめ下さい!ハル…殿下!」
シスターは慌てて制しようとしたが、ハルトヴィヒは深く頭を下げた。
「謝って許されるとは思わないが…本当に、申し訳ない」
(アンネリーゼ?どこかで…あー!)
ミナは心の中で叫んだ。
(そうだ、ゲームの悪役令嬢だ!)
金髪緑目のシスターのその容姿は、乙女ゲームでハルトヴィヒの婚約者であり、主人公を虐める悪役令嬢そのものだった。
(シスターが…そうだったんだ…)
魔女に魅了されていた殿下と実の兄により貴族社会を追放されたと聞いていたが。
———まさかミナがお世話になっていたシスターだったとは。




