25 帰省
「見えた…!」
前方の、木々の間から覗いた教会の青い尖塔にミナは思わず乗合馬車から身を乗り出した。
離れてから数ヶ月しか経っていないのに、その風景は随分と懐かしいように思えた。
夏休みに入り、ミナは孤児院へ向かっていた。
顔を見せるとシスターや子供達と約束をしていたのだ。
馬車を乗り継いで三日。
この森を抜ければようやく到着する。
家族との件について、まだミナの中で覚悟はできていなかった。
シスターや、孤児院が隣接している教会の神父はある程度事情を知っているので彼らにも相談してみようとミナは思っていた。
「うわあっ」
御者の叫び声と、馬の嘶きと共に突然馬車が止まった。
「どうしたっ」
「ま…魔物が!」
馬車に乗っていた客が騒ついた。
(魔物?こんな場所に?!)
ミナは急いで馬車の前方へと移動した。
ここは町に隣接した小さな森で、魔物などいないはずだった。
馬車の前にいたのは一頭の魔犬だった。
荒く息をつき、その体からは黒い血が流れ落ちている。
(怪我?襲われた…?とにかく危険だわ)
怪我をして気が立った魔物は、きっとこちらを襲ってくるだろう。
「私、魔法学園の生徒です!」
ミナは御者に向かって叫んだ。
「私が倒します!」
「え…お嬢ちゃん?!」
ミナは馬車から降りると馬の前へと駆け出した。
走りながら、魔犬へ向かって水色の光を放つ。
水色の光に包まれた魔犬は苦しげな声を上げると倒れこんだ。
(———まだいるっ)
周囲へと意識を巡らせたミナは、複数の魔物の気配を感じた。
(二…三頭?いやもっと来る…何でこんなに?!)
複数の魔物の気配がこちらへ向かってくるのを感じる。
———ミナ一人で対応しきれるのか、下手したら…馬車を守りきれないかもしれない。
(落ち着いて…まずは…馬車の安全が第一だわ)
ミナは手を上げた。
強い光が放たれると馬車を覆う。
防御魔法を馬車に施したのだ。
「お嬢ちゃん…!」
「動かないで下さい!複数の魔物がこちらへ向かっています!」
ミナの声に馬車の中から悲鳴が上がった。
(来る…けど、違う気配も…これは…?)
三頭の魔犬が飛び出してきた。
そしてその背後から響く、蹄の音。
「馬車がいるぞ!」
「これは…防御魔法?!」
馬に乗った男達が現れた。
(魔術団…!)
彼らのマントに施された紋章は、王家の魔術団の印だった。
「君は…ミナか」
男の一人がミナに気づき、マントのフードを外した。
「殿下…」
それはハルトヴィヒだった。
「まだ来るぞっ」
声にはっとしてミナは意識を周囲へと巡らせた。
(何でこんなに気配がするの?!これじゃあまるで…)
あの実戦の大量の魔物の群れを思い出した。
「ミナ!馬車の乗客達を守れ!」
「…はい!」
ハルトヴィヒの声に、ミナは馬車へと駆け戻った。
ハルトヴィヒの指揮の元、魔術師達は次々と現れる魔物を倒していく。
(すごい。これが魔術団…)
彼らは先日のミナ達に比べて、その魔法の強さも動きの早さも全く違った。
バラバラに動いて魔物を倒しているように見えるが、各自の補助の役割もきっちりこなし、隙がない。
相当な訓練と実戦を重ねているのだろう。
(私も…あんな風に戦えるようになるのかなあ)
怯える馬を宥めるように、その首を撫でながらミナは魔術団の戦闘を見つめていた。