23 兄と妹
「ミナ!」
教室へ入るとフランツィスカが駆け寄ってきた。
「大丈夫なの?」
「はい…」
クラス全員が既に揃っている教室内を見渡して、ミナは深く頭を下げた。
「昨日はご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」
「———ミナ」
アルフォンスの声がすぐ側から聞こえた。
顔を上げると、優しい笑顔がミナを見ていた。
「謝らなくていいよ、昨日の事は新人の魔術師にはよくある事だそうだ。ああいう事態が起きる事も想定内だと兄達も言っていた」
「ですが…」
「先生も言っていただろう、失敗は今のうちにしておけと」
アルフォンスはくしゃりとミナの頭を撫でた。
「あ、あの!ミナさん!」
男子生徒が駆け寄ってきた。
「僕がミナさんに魔鼠の死骸を見せたせいです、ごめんなさい…!」
「そうだローベルトが変なことするからだぞ」
「いえっ謝らないで下さい」
ミナは慌てて首を振った。
「それは私が弱いからで…」
「お、ミナ来たのか」
ドアが開くとライプニッツ先生が入ってきた。
「今日は休んでいいと言っておいただろう」
「いえ…大丈夫です」
「昨日は疲れただろう。今日は午前の座学だけだ」
全員が席に着くのを待って、先生は言った。
「今日は昨日の反省を行う。まず昨日のミナの件だが」
先生はミナを見て、全員を見渡した。
「昨日も言ったが、あれは全員に起こりうる事だ。魔物との戦いはそれだけ精神にも負担がかかる。大事なのはそれを克服し、傷を残さない事だ」
先生は、昨日の魔物の大群は異例だった事を改めて説明し、原因についてはこれから魔術団で調査すると言った。
(確か小説では…この先も魔物の異常発生が増えていくのよね…)
ミナやヒロインが小説とは異なる一方、小説と同じ出来事も起きているようだった。
それから先生は、各チームや個人の行動について評価し、問題点を挙げていった。
それからチーム毎に改善策などを話し合った。
「それじゃあ今日は終わりだ」
午前の授業が終わると、そう言って先生はミナを見た。
「ミナ。お前は昼食後に指導室へ来てくれ」
「…はい」
「ミナ!食事に行きましょう」
フランツィスカがミナの腕を取った。
「今日は二人きりでいい?話したい事があるの」
「?ええ…」
食堂で外で食べられるように箱に入ったサンドウィッチを受け取ると、二人は談話室へと向かった。
ここは使用するのに許可がいるが、防音魔法が施してあり話が聞かれる心配がない。
「…何…?」
サンドウィッチを食べながら、フランツィスカはじっとミナの顔を見つめていた。
「うん…やっぱりそうなんだと思って」
「え?」
「ミナって何月生まれ?」
「…九月だけど…」
「そう、誕生日的にもミナが妹になるのね」
「フラン?」
何かぶつぶつ言っているフランツィスカに、ミナは首を傾げた。
「———あのね、ミナ」
食べ終えるとフランツィスカは改まった。
「アルトゥール・フォルマー様って知ってる?」
びくり、とミナの肩が震えた。
「私の婚約者なんだけれど」
「えっ」
声を上げてしまい、ミナは思わず手で口を塞いだ。
「…昨日帰ったらアルトゥール様がいらしていて、実戦の事を聞かれたからミナの事も話したんだけど…」
ミナの反応をじっと見つめながらフランツィスカは言った。
「ミナは、アルトゥール様の妹なのね?」
「———」
ミナは俯いた。
「…アルトゥール様からの伝言よ。〝兄としてミナを守れなくて悪かった、許されるとは思っていないが謝らせて欲しい〟と」
「……お兄様は悪くないわ」
しばらくの沈黙の後ミナは口を開いた。
「あれは……私の…」
「少し聞いたの、その髪色のせいでミナが辛い思いをしていたって」
フランツィスカはミナの手を握りしめた。
「アルトゥール様もご両親も、ミナがいなくなってとても後悔したって。どれだけ探しても見つからなくて…だから生きていて嬉しいけれど、もしもミナが家に戻りたくないのならば戻らなくてもいい、ただどうしても謝りたいって」
顔を上げたミナに、フランツィスカは笑顔を向けた。
「すぐに返事はしなくていいわ、気持ちの整理も必要でしょうし。ミナは何にも悪くないんだから」
「フラン…」
「私はミナの味方よ、必要だったら代わりにアルトゥール様を殴るくらいはしてあげるから」
「…ありがとう」
友人の言葉に、ミナはほっとしたような笑顔を見せた。