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21 兄と妹

「アルトゥール様、ごきげんよう」


着替え終わったフランツィスカは応接室へと向かった。


「フランツィスカ」

フリードリヒと話をしていた青年が立ち上がった。



アルトゥール・フォルマーは十九歳。

宰相の息子であり、兄フリードリヒとは次期国王と目されているアルフォンスを支える立場として親しくしており、フランツィスカとの婚約もその縁で決まったようなものだ。

金髪碧眼で優しげな顔立ちの好青年だ。


「お帰り、無事で良かった」

そう言ってアルトゥールはほっとしたような笑顔を見せた。


「こんな時間までお待ち頂き、ありがとうございます」

「君が初めての実戦に行くと聞いてね。無事を確認するまでは安心できないからね」

そう言ってアルトゥールは笑みを深めた。


(ああ…そうか。ミナの笑顔はこの人に似ているんだ)


ミナにどことなく懐かしさや親しみといったものを感じると思っていたけれど。

それは目の前の青年と友人が似ているからだとフランツィスカは気づいた。



「そんなに心配ならば妹の魔法学園入りを反対してくれれば良かったのに」

フリードリヒはややむっとしたようにアルトゥールを見た。


「君が結婚するまでは自由にしていいなどと言うから…」

「彼女には魔術師になりたいという夢があるのだろう。結婚したらフォルマー家に縛り付けられる事になるからな、その前に少しでも夢を叶えさせてあげたいだろう」


(本当に…いい人なのよね)


これが他の貴族ならば、自分の婚約者が命を落とすかもしれない魔術師になりたいなどと言っても許さないか、婚約を破棄されてもおかしくない。

だがアルトゥールはあっさりと認めてくれたのだ。




「それで、初めての実戦だったのだろう。どうだった?」

「はい…思いがけない魔物の大群が出て大変でしたけれど、無事遂行できましたわ」


「大群?!」


(あ、しまった)


声を上げたフリードリヒを見てフランツィスカは言ってしまった事を後悔した。


「初めてなのにそんな危険な事をさせるのか?!」

「異例だったそうですわ。それにハルトヴィヒ殿下が指揮をして下さったので問題なく壊滅できましたの」

「ハルトヴィヒ殿下がいたのか?」

「はい、エーミール様とご一緒に」



「その二人がわざわざ学生の訓練に同行したのか」

「…アルフォンス殿下がいたからか?」

フリードリヒとアルトゥールは顔を見合わせた。


「ちょうど空いていたからとおっしゃっていましたが…」

確かに、改めて考えると魔術団でトップクラスの二人が来るのは珍しい事なのかもしれない。



「———それで、フランツィスカは無事だったんだね」

「はい」

本当は少し怪我もしたけれど。

それを言うと先刻の兄のように何か言われるのも面倒だとフランツィスカはアルトゥールの問いに笑顔でそう答えた。

フリードリヒが何か言いたそうにしてこちらを見たのは無視した。


「アルフォンス殿下や他の者達も無事だったのかい」

「…友人が、精神的に辛い思いをしてしまいましたが」


「フランツィスカの友人?女性か?」

「はい…幼い頃にネズミに噛まれて以来苦手だったそうですが、別行動している時に魔鼠の大群に襲われてしまって…」


「ネズミに噛まれて…」

「フランツィスカ、もしかしてその友人て黒髪?」

「ええ…どうしてそれを?」

フリードリヒの問いにフランツィスカは訝しげに首を傾げた。



「殿下が入学式の日に言っていたんだ、黒髪で水色の瞳の可愛らしい子がいたと」


「…え、あの朴念仁の殿下がミナを可愛いって言ったの?!」

「朴念仁って…フランお前殿下に対して…」

「だって学園でも女子達の誘いに全く気づかないし、魔術の事しか頭になさそうだし…あれ、でもミナの事は気にかけている…ような?」

フランツィスカは首を傾げた。

「でもそんな甘そうな雰囲気は全くないし…」

アルフォンスがミナに話しかけたりしているのは見るが、それは他のクラスの男子やフランツィスカに対する態度と変わらないように思う。




「———フランツィスカ」


アルトゥールが口を開いた。

「その子はミナという名前なんだね」

「…ええ…」

「家名は?」

「ありませんわ」

「…平民なのか」

「本人はそう言っていますけれど…多分貴族の血を引いているという噂ですわ」

「———黒髪で、瞳は水色。そしてフランツィスカと同じ十六歳」

「ええ…」

「…アクアマリンのような珍しい色だと殿下も言っていたな」


「そうか…」

「アルトゥール様?」




「そのミナという子…私の妹かもしれない」


どこか遠くを見るような眼差しで、アルトゥールは深く息を吐いた。

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