19 初めての実戦
「くそ、何だこれは…」
「きりがないぞ!」
倒しても魔物は後から後から湧いてきた。
「…この森にこんなに魔物がいたとは」
エーミールが呟く。
(小説でも魔物の大群が出てきたけど…こんなに多くなかったような…)
「援軍です!」
「やだ何この大群!」
その時背後から声が聞こえた。
別チームの一行が現れたのだ。
「火と風は攻撃に参加しろ!火は森を焼くなよ!水は回復、土は水の護衛と防御!」
ハルトヴィヒの声に一行が素早く動いた。
総勢十五人がかりでようやく魔物を壊滅させた頃には日差しが傾き始めていた。
「これは…酷いな」
あたり一帯に倒れた魔物の身体から放たれる臭いが充満している。
「兄上、浄化しますか」
「———いや、このままでいい」
アルフォンスに答えると、ハルトヴィヒはため息をついた。
「さすがにこれは異常だ。明日調査させる」
「ミナ!大丈夫だった?」
フランツィスカが駆け寄ってきた。
「フラン…」
「何かあったの?!」
友人の顔を見た途端泣き顔になったミナにフランツィスカは慌ててその顔を覗き込んだ。
「…ネズミが…」
「ネズミ?」
「沢山…降ってきて…」
「あーそれは…無理ね…」
「ミナさんネズミ苦手なんですか?」
フランツィスカのチームの男子が、落ちていた一体の魔鼠を摘むとミナの目の前に差し出した。
「こんな小さい魔物くらい…」
「…いやぁ!!」
「馬鹿!何やってるの!」
悲鳴を上げたミナを抱きしめるとフランツィスカは男子を睨みつけた。
「だって…」
「だってじゃないわよ。…ミナ?」
フランツィスカはミナが震えているのに気付いた。
「大丈夫?」
「…さい…」
「ミナ?」
「ごめんなさい…おかあさま…」
身体を震わせながらミナは独り言のように呻いた。
「おかあさま…ごめんなさい…出してください…こわい…いたい…」
「ミナ!」
「ここから出して…おかあさま…っ」
崩れ落ちるとミナは意識を手放した。
一行は帰路を急いでいた。
「慣れない戦闘で苦手なものが炙り出されたり、過去の傷をえぐられるような事が起きるのは新人の魔術師にはよくある事だ」
意識を失ったミナを背負ったライプニッツ先生が言った。
「魔物よりも自身の心の方が強敵の場合も多い。お前達も気をつけろよ、心に傷がある場合は学生の内に克服しておけ」
「ミナは…大丈夫でしょうか」
「それは今後の指導で治すようにするが、結局は本人次第だな。ミナはしばらく技術よりも精神面を整える事を優先させる」
校医と視線を合わせて先生は言った。
「しかし、さすがに今回は酷かったな。初の実戦が苦手なネズミの大群とは」
「よほど辛い思いをしたようだな」
エーミールがミナの顔を見て言った。
その頬には涙が流れた跡がある。
「彼女は平民だったな。出身は?」
「親は北部の町で行商をしていたと。例の疫病で親を失い孤児院に入ったと本人は言っています」
「———行商人の娘が母親を〝お母様〟とは言わないな」
「そうですね」
エーミールの言葉にライプニッツ先生は頷いた。
「顔立ちや普段の立ち振る舞いなど、平民らしくないと感じる事はあります」
「それにあの魔鼠に放った水色の光」
エーミールはハルトヴィヒを見て他の者には聞こえない声で言った。
「あれは…おそらく水魔法ではありません」
「水魔法ではない?」
「他の属性とも異なる気を感じました。…アルフォンス殿下の光魔法に近いかと」
エーミールは魔法研究家でもある。
魔女に魅了されたとはいえ、その能力は高く魅了から解かれた後は多くの研究成果を挙げている。
そのエーミールが言うのだから、ミナの魔力は他の者と違うのだろう。
「それで?」
「彼女の魔力について調べたいですね」
「———もうじき夏期休暇に入るな」
ハルトヴィヒはライプニッツ先生を見た。
「休暇中、ミナを魔術団で預かりたい」
「それは許可できませんね」
しばらくの沈黙の後、先生は答えた。
「彼女の心の不安を取り除くのが最優先です。場合によってはしばらく魔法を使う事も禁止するかもしれません」
「…そうか、それは残念だ」
「———確かにミナの魔法は研究の対象となるものでしょうが、中身はまだ十六歳の少女なのです。それをお忘れなきようお願いいたします」
そう言うと、ライプニッツ先生はミナを背負い直した。




