16 初めての実戦
実戦の日が来た。
チーム毎に馬車に乗り、王都郊外の森へと向かう。
この森は魔術団が訓練の時に利用する森の一つで、弱い魔物ばかりのため入団したての新人や、魔術を開発したり鍛えるのに使うという。
今回は初めての実戦なので日が暮れる前までの日帰りだが、その内野宿しながらの訓練やより強い魔物が出る場所へも行くという。
馬車には五人とライプニッツ先生が乗っていた。
もう一つのフランツィスカ達のチームには校医が同行する。
(小説では…魔物とはいえ初めて自分の意思で生物を殺したヒロインが過呼吸を起こして殿下に介抱されるんだっけ…)
馬車に揺られながらミナは思い出した。
———純真で優しいヒロインのはずなのに。
何であんな風になってしまったのだろう。
先日図書室へ向かう途中でローゼリアを見かけた事をエマ達に話したら、「担任のベーレンドルフ先生にも粉をかけようとしてたよー。相手にされてなかったけど」と衝撃の話を聞かされた。
生徒だけでなく先生にまでとは。
(殿下も不快に思っていたし…これで聖女にならなかったらどうなるんだろう)
魔物は減らないままなのだろうか。
そう思い至ってミナはぞっとした。
馬車が森の入り口へ到着すると、既に三名の魔術団の者が待っていた。
「…兄上———」
アルフォンスとエドモントの声が重なった。
そこにいたのはアルフォンスの兄、第一王子のハルトヴィヒと、エドモントの兄エーミールだった。
(わあ!本物!大人になって更にかっこいい!)
前世のミナが小説を読んだのは、元の乙女ゲームのファンだったからだ。
絵が綺麗で声も素敵で、疑似恋愛をするようにドキドキしながらプレイしていたのだ。
その、いわば憧れのキャラクターが実体となり、更に成長して目の前に現れるとは。
「君が噂の水色の魔力をもつ子だね」
エーミールがミナの前に立った。
(声もゲームと同じ!)
エドモントと同じ銀髪に灰色の目で面立ちも似ているが、こちらは中性的な驚くほどの美形で———知らずミナの顔が赤くなってしまう。
「は、はじめまして。ミナといいます」
「弟が世話になっているそうだね。根性を叩き直してくれたって聞いているよ」
「いえ、そんな…」
「———なんだあの態度。俺達と全然違うじゃないか」
頬を染めながらエーミールを見上げるミナを見ながら、エドモントは冷めた声で言った。
「エーミールに会った女性は大体ああいう反応になるからな」
「ミナさんも女の子なんですね」
ハルトヴィヒの言葉に双子が頷く。
貴族令嬢にも劣らない可愛らしい面立ちのミナに、一組の男子達は最初色めき立っていたが、彼女の強さと容赦のない戦法を見せつけられて、すぐに淡い想いは消え失せた。
それでもミナを慕うクラスメイトは多いが…それはアルフォンスと匹敵する強さを持つ事への憧れのようなものだ。
ちなみにフランツィスカもかなりの美人なのだが、その大らかな性格と男子顔負けの強気な戦法から陰で「フラン姉さん」と呼ばれている。
「…兄上達がわざわざ来たのはミナを見るためですか」
アルフォンスはハルトヴィヒに尋ねた。
「それもあるけどね。ちょうど一昨日王都に戻ってきて今日は身体が空いていたから。それに弟達の成長も見たかったし」
ハルトヴィヒは弟を見て目を細めた。
「剣も魔術も成長が著しいと聞いているよ」
「ありがとうございます。一日も早く兄上を越せるよう頑張ります」
「はは、越されたら困るな」
「それじゃあ改めて説明するぞ」
ライプニッツ先生の声に、一同は集まった。
「ルートは二つ、チームで分かれて行動する。各自の役割を忘れるな。魔物に遭遇したら戦闘か退却かは各リーダーの判断に任せる。お前達の実力ならば問題はないはずだが、学園内と違ってここは何が起きるか分からない。決して油断するなよ」
ミナ達のグループはリーダーのアルフォンスを筆頭としたチーム五人とライプニッツ先生、それにハルトヴィヒとエーミールの八名。
もう一人の魔術団の人はフランツィスカチームに同行する。
(何か…父兄同伴の遠足みたい)
森は魔物が出るとは思えないのどかな雰囲気に包まれている。
チーム五人の後ろからついていくのは先生と兄二人で…気分は完全に遠足だった。




